超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ブレーカー

 今夜は満月だった。そのことを忘れていた。電子レンジを使っていたら、ブレーカーが落ちて、夜空が真っ暗になった。今夜はうちが担当する日だったのだ。四方八方から、鳥獣や虫の不安げな鳴き声が聞こえてくる。
 慌てて電子レンジのコンセントを抜き、ブレーカーを上げる。じじっ、と音がして満月が輝き、いつもの夜空に戻ると、辺りには生き物たちのほっとしたような声が響いた。
 生ぬるいままのグラタンを食べながら、来月の電気代に思いを馳せた。

 雨も降っていないのにマンションの廊下が雨漏りしていたので、管理人に伝えると、管理人は管理人室のロッカーから錆びた鉗子とメスみたいなものを取り出し、ふっと大きく息を吐いた。

「なんですかそれ」
「や」

 管理人は暗い、強張った顔で、それを握りしめたまま屋上へ行き、しばらくして、やっぱり暗い顔で戻ってきた。
 気づけば雨漏りはぴたりと止まっていた。

「ありがとうございます」
「や」

 ふと見ると、管理人の禿げ頭に、小さな切り傷がついていた。

「お仕事大変ですね」
「うん」
「ご苦労様でした」
「や」

 半ば無理矢理参加させてもらうことになった初めての合コンに備え、柄にもなく眉毛を抜いていた時、とりわけ太い一本を抜いた瞬間、

 ふしゅぅ、

 と空気の抜ける音がして、俺は萎んで床に落ちていた。

 俺がうかつだったのか、こんなところに栓を作る方がうかつだったのかわからないが、こういうことは事前に言っておいてほしかった。
 俺みたいな顔の奴だって、おしゃれしたくなることはある。あるんだよ。