超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

光の尾

 夜空の真ん中を、青い光の尾を引いて、地球から月へと真っ直ぐ、1ロールのトイレットペーパーが飛んでいく。
 彗星とか、流れ星とか、見たことないけど、きっとあんな感じなんだろうな。

 あの日空から聞こえてきた
「紙取って」
 の一言から、こんな美しい光景が見られるなんて。

 何だか涙が出てきた。
 何の涙だこれ。

 幼い頃、絵本の猿にえぐり取られた右の目玉が、二十年経った今、隣町の図書館で見つかったと連絡が来た。あの絵本は捨てたものだと思っていたので、とてもびっくりした。
 早速図書館に行き、目玉を返してもらうついでに、
「あの猿はどうしました」
 と司書に尋ねると、司書は
「誰も読まなくなったので死にました」
 と答えた。
 二十年ぶりに戻ってきた目玉には、なるほど、猿の卑屈な笑顔がうっすらと焼き付いていた。

サイン

 昼寝をしていた娘の寝息が、葉擦れの音へと変わっていった。
 後で訊いたら、森の夢を見ていたというので、森に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。

 昼寝をしていた娘の寝息が、波の音へと変わっていった。
 後で訊いたら、海の夢を見ていたというので、海に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。

 昼寝をしていた娘の寝息が、俺の悲鳴へと変わっていき、やがてそれが止むと、今度は土を掘る音へと変わっていった。

 まだ訊けていない。

何食った

 お前、何食った。

 そう問われて二日酔いの頭をフル回転させる。
 ゆうべは会社の宴会があったが、珍しく呑み過ぎてしまい、途中から記憶がない。
 何軒かはしごしたような気もするのだが、詳しくは思い出せない。

 お前、何食った。

 我が家の洋式便器から上半身をはみ出させた宇宙服姿の男が、イライラした様子でそう繰り返した。

細胞

 煙草に火を点けようとしたが、ライターから現れたのは、炎のように赤い一匹の金魚だった。
 金魚はからかうように俺の鼻先を尾びれでさっと撫で、こともなげに空へ昇っていった。
 見上げると、頭上遙か高く、陽の光がまるで何かの細胞のような、ぶよぶよとした塊になって、いくつも揺らめいていた。
 光の中へ吸い込まれていく金魚のシルエットを見つめながら、この池で溺れ死んだことをふいに思い出した。