2018-10-05 光の尾 トモコからきいた話 夜空の真ん中を、青い光の尾を引いて、地球から月へと真っ直ぐ、1ロールのトイレットペーパーが飛んでいく。 彗星とか、流れ星とか、見たことないけど、きっとあんな感じなんだろうな。 あの日空から聞こえてきた「紙取って」 の一言から、こんな美しい光景が見られるなんて。 何だか涙が出てきた。 何の涙だこれ。
2018-10-04 チョキ トモコからきいた話 じゃんけんで負けたらしいうなだれたチョキの手が、たくさんの雨雲を引き連れて、夕空の彼方へ消えていった。明日は大嫌いな運動会だから、がんばってもらいたかった。
2018-10-03 猿 クミコからきいた話 幼い頃、絵本の猿にえぐり取られた右の目玉が、二十年経った今、隣町の図書館で見つかったと連絡が来た。あの絵本は捨てたものだと思っていたので、とてもびっくりした。 早速図書館に行き、目玉を返してもらうついでに、「あの猿はどうしました」 と司書に尋ねると、司書は「誰も読まなくなったので死にました」 と答えた。 二十年ぶりに戻ってきた目玉には、なるほど、猿の卑屈な笑顔がうっすらと焼き付いていた。
2018-10-02 サイン クミコからきいた話 昼寝をしていた娘の寝息が、葉擦れの音へと変わっていった。 後で訊いたら、森の夢を見ていたというので、森に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。 * 昼寝をしていた娘の寝息が、波の音へと変わっていった。 後で訊いたら、海の夢を見ていたというので、海に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。 * 昼寝をしていた娘の寝息が、俺の悲鳴へと変わっていき、やがてそれが止むと、今度は土を掘る音へと変わっていった。 まだ訊けていない。
2018-10-01 何食った トモコからきいた話 お前、何食った。 そう問われて二日酔いの頭をフル回転させる。 ゆうべは会社の宴会があったが、珍しく呑み過ぎてしまい、途中から記憶がない。 何軒かはしごしたような気もするのだが、詳しくは思い出せない。 お前、何食った。 我が家の洋式便器から上半身をはみ出させた宇宙服姿の男が、イライラした様子でそう繰り返した。
2018-09-30 細胞 マリコからきいた話 煙草に火を点けようとしたが、ライターから現れたのは、炎のように赤い一匹の金魚だった。 金魚はからかうように俺の鼻先を尾びれでさっと撫で、こともなげに空へ昇っていった。 見上げると、頭上遙か高く、陽の光がまるで何かの細胞のような、ぶよぶよとした塊になって、いくつも揺らめいていた。 光の中へ吸い込まれていく金魚のシルエットを見つめながら、この池で溺れ死んだことをふいに思い出した。