2017-09-24 修正 トモコからきいた話 ある日、牧場で飼っている若い牝牛が、事務所に修正液を借りに来た。 何に使うんだと訊くと、この間生まれた子牛の模様が別れた旦那に似ているのが、どうしても気に食わないのだという。 とりあえず子牛を別の牛舎に移し、その日は強い酒を呑んで無理矢理眠った。
2017-09-23 一握の砂 トモコからきいた話 ふたりしっかりと手をつないで歩いていたはずなのに、私の部屋の前に辿りついた時には、既に彼は私の手の中で一握りの砂になってしまっていた。 初めて本当に好きになった人だったんだけれど、神様は許してくれなかったみたいだ。 砂粒が少し湿っている。 私の手汗かな。 いや、彼の涙だと思うことにしよう。
2017-09-19 ピース トモコからきいた話 粉々に砕け散った私の骨を、一匹の蜜蜂が一つ一つ集めて、私を元に戻そうとしている。 私が生きていた頃、庭によく来ていたあの蜜蜂らしい。 右手の小指の先をふらふらと運んできた蜜蜂に、「女王様に叱られたらごめんね」と言うと、蜜蜂は勇ましく羽を鳴らした。 骨が全て揃ったところで生き返れるわけではないけど、今とても幸せだ。
2017-09-16 髪と陽 クミコからきいた話 もう死んでやる、といつもの調子でつぶやいて彼女はビルの階段をのぼっていった。 うだるような暑さの中、僕は心身ともに疲れ果て、彼女を追いかける気力もなく、ただぼんやりと足元の影を見つめていた。 どのくらいの時間が経っただろうか、蝉の声がふいに途絶え、辺りが静けさに包まれた時、僕の頭上からジュッ、と何かが燃えるような音が聞こえてきた。 ふと見上げると、真っ赤に燃える太陽の向こうから、女の髪の毛が焼けるにおいがじんわりと漂ってきた。 足元の影がぞわぞわと蠢いたような気がした。