超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

一握の砂

 ふたりしっかりと手をつないで歩いていたはずなのに、私の部屋の前に辿りついた時には、既に彼は私の手の中で一握りの砂になってしまっていた。
 初めて本当に好きになった人だったんだけれど、神様は許してくれなかったみたいだ。
 砂粒が少し湿っている。
 私の手汗かな。
 いや、彼の涙だと思うことにしよう。

ピース

 粉々に砕け散った私の骨を、一匹の蜜蜂が一つ一つ集めて、私を元に戻そうとしている。
 私が生きていた頃、庭によく来ていたあの蜜蜂らしい。
 右手の小指の先をふらふらと運んできた蜜蜂に、「女王様に叱られたらごめんね」と言うと、蜜蜂は勇ましく羽を鳴らした。
 骨が全て揃ったところで生き返れるわけではないけど、今とても幸せだ。

髪と陽

 もう死んでやる、といつもの調子でつぶやいて彼女はビルの階段をのぼっていった。
 うだるような暑さの中、僕は心身ともに疲れ果て、彼女を追いかける気力もなく、ただぼんやりと足元の影を見つめていた。
 どのくらいの時間が経っただろうか、蝉の声がふいに途絶え、辺りが静けさに包まれた時、僕の頭上からジュッ、と何かが燃えるような音が聞こえてきた。
 ふと見上げると、真っ赤に燃える太陽の向こうから、女の髪の毛が焼けるにおいがじんわりと漂ってきた。
 足元の影がぞわぞわと蠢いたような気がした。