超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

草の匂い

 玄関に、草の匂いが漂っている。革靴が土で汚れている。革靴で土のある場所を歩いた記憶はない。革靴のやつ、また勝手にどこかへ行ったらしい。猫用のドアをくぐって。本来そのドアを使うべき飼い猫は家の中でごろごろするばかりでどんどん肥っていくのに、革靴の方はどんどん逞しくなっている気がする。土を払い、靴底の溝にはまった小石を取り除く。草の匂いがする。いい匂いだ。子どもの頃を思い出す、いい匂いだ。なあ。どこかへ行くなら、俺も連れてってくれよ。だが靴はうんともすんとも言わない。