超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

水と自惚れ

 部屋の中には、小さな水槽と、猫の寝床と、あとは机や本棚や、そういう簡素な家具が寂しく置かれている。家人は若い痩せた女で、飼い猫は丸々と肥った灰色の猫である。

 水槽では尾のひらひらした割合に立派な魚が何匹も泳いでいて、底には白い砂が敷き詰められている。その砂にはところどころに水草が植えられ、クラシックカーやベンチを模した置物、そして陶器の少女が飾りとして沈められている。

 

 ある日の夕方、猫が何気なく水槽を眺めていると、砂の上に横たわっていた陶器の少女がおもむろに立ち上がり、猫を値踏みするような目でじろじろと見てきた。猫は少し驚いて、咄嗟に愛想笑いをした。

 すると少女はそっぽを向いて、水槽の中をずかずかと歩きはじめた。白い砂煙が広がり、魚たちは驚いて逃げ回る。少女は意に介さず、まるで出口でも探しているかのようなそぶりで、水草を抜いたり、水槽の壁をどんどん叩いたりした。

 猫はそれを見ているうちに、心臓に汗をかくのを感じた。ゆらゆら波打つ水の中の陶器の髪が、風に揺れているように見えた。

 そのうちに家人が帰宅する音を猫は聞いた。猫は大慌てで水槽に手を突っ込み、その姿をわざと家人に見せた。どうしてそんなことをしたのか、自分でもよくわからなかった。家人は驚いて猫を引き剥がし、ぶつぶつ文句を言うと、猫の頭を軽く叩いた。

 猫は水槽を見た。陶器の少女は何事もなかったかのように、元の場所に戻っていた。

 

 それから陶器の少女は家人が部屋からいなくなる度、水槽の中を荒らすようになった。猫はその度に尻拭いをした。

 日に日に水槽を荒らす程度が酷くなるので、家人の女は困り果て、出かけている間は猫を部屋に入れないようにした。

 しかしそれでも陶器の少女は水槽を荒らす。猫は苦心して抜け道を探し、部屋に戻っては水槽に手を突っ込んだ。

 それで女はとうとう、猫を友人に預けることにした。部屋から出て行くとき、猫は水槽を振り返った。陶器の少女は何でもないような顔をしていた。

 

 その日の夕方、少女はいつも通り立ち上がった。

 同じ時間、猫は新しい部屋から逃げ出した。そして車に轢かれて死んだ。

 

 陶器の少女はその夜、いつまで経っても部屋に誰も帰ってこないことをいぶかしんだ。仕方なく自分で水槽の中を片付けて眠った。

 そして朝起きてから、猫の首輪を握り締めて泣く女の顔を見た。

 それから陶器の少女は動き回ることをやめて、元の姿で砂の上に横たわっているが、それでも時々猫の寝床を見つめながら、何か言いたげに陶器の唇をぎこちなく動かしたりはするものの、唇の端に生えた苔が剥がれて浮かぶだけで、水槽の中は平和そのものである。