超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

母の秘密と水たまり

「小学生だった私は、新しい長靴を買ってもらって、ご機嫌だったわ」

「ある年の秋、長い雨が降って」

「神社の裏庭に(私のお気に入りの場所だった)」

「大きな水たまりができたの」

「小学生だった私が、新しい長靴を履いたまま、水たまりを覗き込むと」

「底に、小さな村が沈んでいたの」

「ちょうどお祭りか何かをやっていたみたい」

「みんな綺麗な着物を着て、楽しそうに歩いてた」

「村の外れには、私の家に似ている感じの家があって(実際は大して似ていなかったけど)」

「中を覗くと、私に似ている感じの女の子が(こっちはけっこう似ていたと思う)」

「居間でテレビを観ていたわ」

「私の家にはまだテレビが無かったから、すごく羨ましかった」

「そこで『シャボン玉ホリデー』を初めて観たの」

「面白かったの何のって」

「でも、私に似ている感じの、その女の子はぶすっとしちゃって」

「それがむしょうに悔しかった」

「私の家にはまだテレビが無かったし」

植木等で笑っている私のこと、何だか子供っぽいって笑われているようで」

「私は新しい長靴で、水たまりを思い切り」

「踏み潰したわ」

「しばらく見ていたら、さっきの女の子がぷかりと浮かんできた」

「それから私は家に帰って、縁側でお芋を食べたわ」

「今思い出してみると、あの女の子は」

「あなたのお姉さんだったのかもしれない」

「でも私は謝らないわよ」

「私は謝らないからね」

 といった内容のことを母は何日もかけて私に話し、そして満足そうに息を引き取っていった。

 その日以来、妻はしきりに空を見上げるようになった。まったく、かわいい女だ。