本を閉じて目薬をさし、土曜日の月に腰かけて、生まれ育った町をぼんやりと眺めている。
かじりついたドーナツからこぼれた砂糖の粒が、星のふりをして夜空に降り注ぐ。
生きていた頃と何も変わらない退屈な町が、少しだけ色っぽく見える。
*
背の高いマンションのベランダで語らっていた若い夫婦の奥さんの胸に抱かれた赤ん坊が、キラキラ光る砂糖の粒をじっと見つめている。
野菜の大きなシチュー、ハンドクリーム、卒業証書を入れた筒、夜中のエレベーターに漂う化粧の匂い、汗でべたべたした男の背中。
赤ん坊の顔を見ているうちに、とりとめもなくそんな記憶が溢れてきて、何だかよくわからないけど、夜が更けて月が消えるまではここでドーナツを食べながら、あの赤ん坊をからかってやろうという気分になった。