超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

不倫

 リボン、包装紙、テープ、緩衝材、をぽとりぽとり落としながら、新しい月が、夜空にゆっくり現れた。ぴかぴかのまっさらな月だ。生まれたての赤ん坊のお尻のようにも、知恵がたくさん詰まったおじいさんの禿頭のようにも見える。いつもより明るい月夜だ。誰かがどこかでクラッカーを鳴らしている。駅前では大勢の人が新しい月を称える歌を合唱している。いつもより明るい夜だ。そこら中から携帯で写真を撮る音が聞こえてくる。今日は何とかとかいう記念日になるという。いつもより明るい夜だ。そういえば、古い方の月は細かく砕かれ、動かない冷蔵庫や割れたコップの集まる場所へ、軽トラで運ばれていったらしい。ウサギは遠くの山に放たれたそうだ。そのことをふいに思い出し、私の心に小さな影が落ちるが、見上げると新しい月の眩い光が目の中に溢れ、何だかどうでもいいような気持ちになってくる。今日はいつもより明るい夜だ。それに、どうせ新しい月のことも古い月のことも、みんな明日には忘れていることだろう。しばらくすると、街は静けさを取り戻し、新しい月の光を楽しむために消されていた家々の照明が、ぽつぽつと点りはじめる。私もカーテンを閉め、部屋の電気のスイッチを入れる。蛍光灯の光が何だかほっとする。それから時計に目をやり、慌ててテレビのスイッチを点ける。不倫がばれた芸能人が泣いている。