超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

月とホットケーキ

 台所でホットケーキミックスを混ぜていたら、ふいに雨音が途絶えた。朝から降っていた雨が夕方になってようやく止んだらしい。
 リビングに行き窓を開けたら、どこからか土のにおいがした。

 たてつけの悪い窓を閉める時、土のにおいに古い思い出を呼び起こされた。
 付き合っていたクラスメートの家に初めて遊びに行った帰りの田舎道、初夏の夜に蒸された草と土のにおいの中、自転車を走らせながら真ん丸の月を見上げてふと、あれを粉々に砕いたらどんな気持ちがするだろう、と考えてなぜだかとても寂しくなった。

 月の色のホットケーキミックスを鉄板の上に流し、粉々に砕いた月を元通りにするように形を整える。
 あと2時間もすれば、クラスメートだった男がこの部屋にやってきて、あの日のように私を抱くだろう。