超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

流し台と人魚

 台所にゴキブリが出たのでそれのための罠を組み立てていると、流し台の方から何やらゴボゴボと音がしたので、そっちに目をやると、水を溜めた洗い桶の縁に小さな人魚が腰かけていた。人魚はゴキブリの罠を組み立てる私を見てくすくす笑ったかと思うと、高い声で歌を歌いはじめた。その歌は耳がキンキンするし歌詞も何かしゃらしゃらという、心地の悪いノイズを立て続けに聞かされているようだったが、どういうわけか人魚を止めることはできなかった。それどころかゴキブリの罠はもうとっくに出来上がっているのに、体がうまく言うことを聞かず、さっきからずっと手の中でそれをあれこれこねくり回している。

 しばらくして再びゴボゴボと音がして、はっとして顔を上げると、流し台から人魚の姿は消えていて、洗い桶に溜めた水の中でゴキブリが一匹溺れ死んでいた。あの歌声に誘われてしまったのかもしれない。とりあえず組み立てた罠を細く丸め、流し台の排水口に突っ込み、パイプを洗浄する薬を買いに出かけることにした。