超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

砂と妬み

 バイト帰りに近所の公園を通りかかると、隣の家に住んでいる幼稚園児の男の子が、ズボンのポケットから何かを取り出しては砂場にせっせと埋めていた。いつもならそのまま通りすぎるところだが、男の子がちっとも楽しそうな様子もなく、鬼気迫る表情で作業に没頭しているので、つい興味をそそられてしまった。

 驚かせないように声をかけながら近づくと、男の子は私をちょっと振り向き、それどころではないというような顔をして、再び作業の続きに取り掛かろうとした。

「何を埋めてるの?」

 私がそう声をかけると、男の子はそこで初めて手を止めて、何かに気づいたかのようにはっと息を呑んだ。

「手伝おうか?」

 そう尋ねながらさりげなく砂場や男の子の手に目をやるが、何を埋めているのかがさっぱりわからない。

「何を埋めてるの?」

 男の子は慌てた様子で穴を塞ぐと、ゆっくりと立ち上がり、爪の間に詰まった砂の粒に目をやったまま黙りこくってしまった。

「どうしたの?」

「……赤ちゃんが生まれるの」

「誰に?」

「お母さん……」

「お母さん。そう。で、何を埋めてたの?」

「赤ちゃんが生まれるから……」

「……赤ちゃんが生まれるから?」

 男の子はスコップをぎゅっと握りしめた。

「……何を、埋めてたの?」

 しかし男の子は私の顔をしばらくじっと見つめたあと、何も言わずに走り去ってしまった。彼の姿が見えなくなったのを確認してから、砂場を掘ってみたが、それらしきものは何も見つからなかった。帰り道に彼のお母さんとすれ違った。言われてみれば、確かに少しお腹が大きくなっていた。

 その日以来、あの男の子の姿を見ることはなくなった。彼のお父さんもお母さんも相変わらず隣の家に住んでいるので、どうやら彼が意図的に私を避けているらしい。あの日彼が砂場に何を埋めていたのかはいまだにわからずじまいだ。しかしそんなことはどうでもいい。問題は、彼のお母さんが、あれから三年経った今でもお腹が大きいままだということだ。