押入れの奥から出てきたスケッチブックに、小さな掌のスケッチが描かれていた。
確か当時小学生だった私が、自分の掌を見て描いたものだ。
懐かしい気持ちで眺めていると、突然掌がスケッチブックからにゅっと飛び出てきて、私のおっぱいをわしづかみにして霧のように消えてしまった。
一瞬の出来事だった。
シャツに残された鉛筆の粉をはたき落としながら、せめて何か感想をくれよと思った。
日焼け
海辺の町の小さな児童公園で、地元の子どもたちに混じって、真っ黒に日焼けしたミロのヴィーナスの両腕がトンボ捕りに興じている。
いやぁ、楽しそうで何よりだ。
*
両腕は突然この町に現れた。
漁船の網に引っかかったのか、のんびりと海流に乗ってここまで流れ着いたのかはわからないが、港をウロウロしているところを漁師が見つけ、保護されたのだ。
はじめはお互いに戸惑っていたが、どうやら悪い奴ではないということが徐々にわかり、今ではすっかり町の住人の一員になっている。
特に子どもたちとは仲が良いようだ。
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そういえば、うちの娘の話によると、両腕は最近ひらがなを勉強し始めたらしい。
ルーブルにいる胴の方に会いに行く気はないのかな、と常々思っていたが、どうやら丸っきりないらしい。
まぁ、楽しそうで何よりだ。