超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

闇と根

 くたくたに疲れたが、得るものは何もなかった会社からの帰り道、夜道を歩いていたら、とつぜん胸が苦しくなった。シャツをはだけると、胸の肉がおおきな花びらの形に盛り上がっていた。指先を見ると柔らかい芽や、幼い果実が萌えていて、喉の奥からは良い香りが漂ってくる。すぐに非常な疲れが全身を包み、それ以上歩くことができなくなった。するとそれを待ちかまえていたかのように、足の指が伸びて靴を突き破り、根となって夜の闇をぐんぐん吸い上げていった。

 どうしてこんなことになったのだろう。ふと気配を感じて前を見ると、夜道のずっと先に、電信柱があって、その根元の影が闇よりもいっそう濃くなっているのだが、その中からひっそりと、花の香りに誘われてやってきたらしい真っ赤なトカゲが、じっと私を見つめていた。