超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2020-09-01から1ヶ月間の記事一覧

笑顔

いつも通りの笑顔で帰ってきた夫の革靴の裏に、何十という蝶の死骸が張り付いているのを見つけてしまう。

ふと訪れた水族館で、「罪」と立て札に書かれた大水槽を覗いてみると、そこには水の底で転げ回って苦しむ、火だるまの男女が何人も。

「すいません、今からこの子の爪切るので、しばらくパチンパチンうるさいと思いますが、勘弁してくださいね」、そう言いながら頭を下げるお隣の奥さんと、全身指の子ども。

まずは

喧嘩中、うっかり殺してしまった友人に化けるため、まずは半田ごてでほくろを作っていく。

その病院では明け方のある時間、一匹の白い蛇による見回りの時間があり、助かる見込みのない患者の胸に、鱗を一枚置いて去っていくのだそうだ。

ミニカー

この前買い与えた救急車のミニカーを大層気に入った息子は、今日も喜々として、家中の人形の首や腕を折り続けている。

今年もあの夢を見る一週間がやってきたので、喪服を着て眠らなければいけない。

夜逃げしてしまった隣家にぽつんと取り残された空っぽの犬小屋から、夜な夜な「ぼくたちの人生はどうしてこうなってしまったのか」という話をする声がぼそぼそと聞こえる。

行商

一日に一度、村に野菜を売りに来る行商の婆さんは、満月の夜になると、背中の籠に詩人の目玉を詰めてやってきて、村はずれの、月の光の届かない家々にそれを売りに行く。

新鮮

「今晩のおかずに、新鮮なのがとれたのよ」とにこにこ笑う母の背後にある冷蔵庫から、ウェディングドレスの端っこがはみ出している。

お巡りさん

朝も昼も、夏も冬も、同じ場所に同じ姿勢で立っているお巡りさんの腕に、春が来て、小さなお巡りさんがたわわに実って、それを髭の生えた署長さんが、嬉しそうにもぎ取っていった。

えくぼ

彼氏が家に遊びに来ると、居間の日本人形にえくぼが浮き出る。ライバル?

蝶のおじさん

今月も蝶のおじさんが来る頃だから、庭先に砂糖水を用意して待っていたのに、まさか逮捕されるなんて。

転校生

職員室の隅に積まれた「転校生」のカタログを見て、昔うちのクラスに転校してきて、一週間でいなくなったあいつは、クーリングオフだったのだなと気づいた。

もちろん

この絞首台ももちろん食べられますよ、お菓子の国ですもの。

両親が幼い妹ばかり可愛がるので、妹を殺して埋めて、当てつけにベビーベッドに泥の塊を入れておいたのに、両親は相変わらずベッドを覗いて、泥の塊を延々とあやし続けている。

場所

祖父のミイラの保管場所を変えるたび、家の雨漏りの箇所も変わるのが不気味だ。

むかしむかし

むかしむかし、あるところに、おじいさんのかんづめと、おばあさんのかんづめがあって、くるひもくるひも、かんをあけてくれるひとをまちつづけて、やがてくちはてていったのだとさ。

プロフィール

心臓一つ、目玉は二つ、肩書き三つ、触手は四本、家族は五人、食事は六回、お風呂は七℃、身代わり八体、生まれは九月、一日十善、魂〇円。

子犬と犬

道ばたに捨てられた子犬を見つけ思わず立ち止まって撫でていたら、ふいに熱い視線を感じたので、そっとそちらに目をやると、白衣を着た数匹の犬たちが物陰からじっとこちらを見つめていた。

葉書

「生き返りました。」死んだ妻の名で葉書が届いた。今年の夏、唯一届いた葉書だ。まだ、会えていない。

どこかに消えてしまった母親を求めてひたすら泣き叫ぶ、という夢を見た次の朝は必ず、布団の中に、飼ってもいない猫の毛の束が落ちている。

風景(ラジオ)

閉店後の家電量販店の暗闇の中で、売れ残った二台のラジオが、愛の言葉を囁き合っている。

童貞を捧げた女の背にファスナーを見つける。

大黒柱

我が家の大黒柱は魔法の杖を兼ねているので、地震が起きてちょっと揺れたりすると、突然屋根がビスケットになったりして困っている。

就活

黄色い薬のカプセルを飲まされるだけの入社試験に合格した。

友だち

子どもの頃は、新しい友だちが出来るたびに、おばあちゃんに触角で触ってもらって、付き合っていい子か悪い子かを判断してもらっていたものです。

お母さんの試合が近いためか、この頃母は俺に妙に優しい。

あいつ

あいつの命日が来るたび、俺の体に浮かび上がる歯形が、年々心臓に近づいている。

死んだ恋人の遺した、何をしても開かない鞄が、だんだん胎児の形に膨らんでいく。