超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

ケーキ

チョコレートの板に「ご臨終です」と書くよう注文を受けたホールケーキを、いつまで経っても誰も取りに来ない。

花火

毎年夏になると、花火がどこかで打ち上がるたびに、家の前のマンホールの蓋がずれる音がする。

「今日は死んだ孫がこれだけ生まれ変わったのよう」と言いながら、近所に住む老婆が籠いっぱいのキノコを見せてくる。

ぼくのお母さんは、おばあちゃんと電話で話す時、必ず親指を隠している。

骨壺

故人の思い出の場所の前を通り過ぎるたびに、膝の上の骨壺が軽くなっていく。

そういえば

そういえば、出生届に希望の寿命を記入するようになってからどれくらい経つんだっけ。

子ども

子どもが産まれた。早速図鑑を調べる。……載ってない。やった、新種だ!これでやっと、あんなのを夫にした甲斐があるというものだ。よし、今度は大切に育てよう。

猿山

猿山の方から焦げ臭いにおいがする。またあそこを卒業するやつが出たようだ。

宝石店

近所の宝石店が潰れた後、明らかに夜空の星の数が増えた。

カーナビ

カーナビのデータを更新したら市内の地図に見慣れない地図記号が増えており、それがどうも晒し首に見えるので、実際に見に行ったらやっぱり首が晒されていて、よかった、カーナビの故障じゃなかったのだと安心した。

赤い人

三歳の娘がクレヨンで描く家族の似顔絵には、隅っこに必ず、「おいでおいで」をする赤い人が描き込まれているが、私も含めて家族の全員に何か心当たりがあるようで、誰も何も言わないし訊かない。

海域

そこを通る船や飛行機が次々消える海域を調査したところ、海底に巨大な招き猫が沈んでいた。

カチッ

今日夕日が沈む時、充電器にはまるカチッて音がなかったから、明日は昼間ちょっと暗いかもしれない。

金縛り

寝入りばな、突然金縛りに遭い、とりあえず目だけ動かして成り行きを見ていると、白衣を着た知らない男が部屋に入ってきて、部屋中の窓に「実験中」の貼り紙を貼って出ていった。

教師

その楽譜には「大切な人を失った日に弾くこと」と但し書きがされているので、その楽曲が演奏される時には、演奏者の嗚咽が聞き所の一つになっているんです、とぼくの大嫌いな音楽教師がうっとりとした口調で語る。

海だけとなった地球に、巨きな手が「洗浄済」と書かれた紙を巻いていく。

お土産

三日三晩生死の境をさまよった息子が、ようやく意識を取り戻した朝、「これ、お土産」と差し出された彼の右手には、むりやりむしり取ったと思われる天使の羽根がごっそりと握られていた。

大家族

祖父母・父母・子ども八人の大家族が住んでいた近所の一軒家が、ある夜、火事に遭ったが、消火の終わった焼け跡に残されていたのは、一頭の巨大な象の焼死体だけだった。

交差点

四等分にした赤ちゃんをそれぞれのベビーカーに乗せた四人の女たちが、交差点の真ん中できゃはきゃは笑い合っている。

銅像

駅前の銅像の背中の翼が開いている時は、さらわれてしまうので待ち合わせ場所に使えない。

村外れの××家の人間が亡くなるたびに、幼い私たちは、火葬場の煙突から飛び立っていく赤い蝶の群れを見るのを楽しみにしていたものでした。

夏の夜の街灯に集まる虫たちの中に、羽の模様が私の顔そっくりな蛾がいて、街灯にぶつかるたび、「代わって、代わって」と羽音で知らせてくる。

時計

我が家の時計は毎朝4時44分になると、針を止めてしばらく物思いにふけるので、いつまで経っても正しい時刻がわからない。

墓地

ああそうだお袋、親父の墓参り行くから、宇宙服出しといて。

天国

天国の扉をそっと開けたら、宇宙服を着た人たちが、神様らしき人にこっぴどく怒られていた。

カレーの日

夕飯にカレーを作った日は、近所の幼児墓地から人魂が換気扇の傍に集まってくるので、窓の外がちょっぴり明るい。

押入

祖母が亡くなり、祖母一人で住んでいた家を片づけていたら、生前絶対に開けさせてもらえなかった押入の中から、きちんと畳まれた囚人服が出てきた。

鉛筆

大昔、まっさらだったこの世界に水平線を描いてその役目を終えたちびた鉛筆が、海の底で深海魚たちに守られながら、静かに余生を過ごしているそうだ。

立入禁止

ずっと立入禁止だった理科準備室の扉から「立入禁止」の貼り紙がやっと剥がされたその翌日、人に似たいびつなものが転校生としてクラスにやってくる。

古傷

ぼくの両こめかみにある古傷。「ちっちゃい頃に怪我したのよ」と母は言うが、どう見てもこれ、取っ手をつけた跡だよなぁ。