超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2020-03-01から1ヶ月間の記事一覧

林檎

もぎりたての林檎に早速かじりついた。と、次の瞬間、ガリッ、といやな音がして、煙が噴き出した。かじった跡から基盤が覗いている。しまった。間違って「マザー」を収穫してしまったのだ。慌てて戻ると、果樹園いっぱいに「GAME OVER」の文字が。

使用上の注意

【この辞書の使用上の注意】この辞書は、保管環境により、ごくまれに成育し、本来の言葉が引けなくなることがあります。使用感に異常を感じた際は、「種」の項を引いてください。「芽」や「花」などになっている場合は、無償にて新品と交換させていただきま…

酸っぱい

昔から、連想ゲームや心理テストで「酸っぱい物を思い浮かべてください」と言われると、反射的に「人魂」と答えてしまう。食べたことあるのかな、私。あるとすればたぶん田舎のおばあちゃん家だ。おばあちゃん、裏山で採れた物は何でも食べるから。

巻き尺

飛行機雲だ。と思ったら、目盛りがついている。飛行機雲じゃなくて、伸ばした巻き尺だ。何かとんでもなく大きなものを測っているらしい。しかし、何かがいる気配はない。今日も街は静かだ。あ、静かなうちに測っておくってことなのかな。

混雑

わいわいがやがやざわざわ……こちら……わいわいがやがやざわざわ……新型の……わいわいがやがやざわざわ……オーブン!……わいわいがやがやざわざわ……火葬も……わいわいがやがやざわざわ……できます!……わいわいがやがやざわざわざわざわざわざわ……。

おやつ

「おやつよ」と出された女の子に一目惚れしてしまう。ぼくは彼女の手を取り、家を飛び出す。鬼の形相の母親が追いかけてくるのを必死に走って振り払う。郵便局の前を通り過ぎ、ガソリンスタンドの前を通り過ぎ、高架下を通り過ぎ、ぼくらは鬱蒼と茂る竹やぶ…

学級新聞

お前のクラスの学級新聞はいつ見てもお悔やみ欄が充実してるなぁ。

ペット

「なあに?この羽音」「うちのペットが起きちゃったみたい」「××ちゃんちのペットって、犬じゃなかったっけ?」「昼間はね」

おかえり

夕方、お隣の奥さんが、ベランダに出て、コントローラーのアンテナを伸ばしていた。もうじき、旦那さんが帰ってくるだろう。

胃カメラ

胃カメラで覗いたら、星空が広がっていた。チクッ。「痛っ」「あ、流れ星」

玉手箱

行きつけの本屋の前にパトカーが停まっていた。顔見知りの店員がいたので、どうしたのかと尋ねると、泥棒が入ったのだと言う。「何を盗まれたんです?」「玉手箱を」聞けば、開店の準備のために店に来ると、絵本のコーナーが荒らされていることに気づき、よ…

歯医者

歯医者に行くと、待合室にテレビが二つ置かれていた。「片方は患者さんなんです」受付のお姉さんがそっと教えてくれた。「持ち主の方が、甘いラブストーリーばっかり観ていたせいなんですって」なるほど確かに画面が少し腫れている。「テレビさーん」呼ばれ…

ジュース

朝起きたら、見慣れているはずの一人暮らしの部屋が、やけに広く感じた。外に出ると、すれ違う人々がみな俺に「ご愁傷様です」と言って頭を下げてきた。あの部屋で俺は今まで何と同居していたのか、それはなぜ死んだのか、なぜそのことをみなが知っているの…

ゴトゴトプシュー

ゴトゴト、ゴトゴト、プシュー。廊下の突き当たりの部屋からそんな音が聞こえてきたかと思うと、扉を開けてお母さんが出てきた後から、一匹の猫が飛び出してきて、二階へ駆けていった。鼠が出たのだろう。あの猫、さっきまではおじいちゃんで、ぼくにお小遣…

尻尾

あてもなく町を歩いていたら、町外れの無人販売所に、尻尾が売られているのを見つけた。「人間、飽きませんか」とたどたどしい字で書かれた紙が貼られている。何かの気配を感じてはっと顔を上げると、販売所の裏にある畑の向こうの森の中から、無数の光る目…

蝶ネクタイの群が、はたはたと森の方へ飛んでいった。野生の司会者がいるらしい。しばらくにぎやかだな。

思春期

家庭科の先生に付き添われて、男子生徒が保健室にやってきた。彼の顔を見ると、のっぺらぼう。ところどころに、黒や赤のうずまきが残っている。先生に話を聞くと、調理実習で使っていた泡立て器を、うっかり自分の顔に突っ込んでかき混ぜてしまったのだとい…

注文を受けて生け簀から取り出したカニが、「最後に親と話させてくれ」というので、店の電話を貸してやった。物陰からそっと聞き耳を立てていると、そいつはカニの言葉でしきりに「大丈夫」と繰り返していた。そいつを食った客は「旨い旨い」と喜んでくれて…

夜、墓場でヒョウ柄の人魂を見た。裏の家のおばちゃんだ、とすぐにわかった。

喪服を着た雪だるまが増えてきた。春が近づいているのだ。

景品

商店街で福引きを行っていた。ちらりと見ると、四等の景品が地球へのペア旅行券だった。去年は三等だったはず。また汚れたのか。

理科

理科室に掃除に行った友人が、二人になって戻ってきた。××先生がいる日だったのか。災難だったな。

注意

母と二人、車で旅行に訪れた山中で、一本の標識を見つけた。「動物とびだし注意」。そんな文字の上に描かれていたのは、鹿でも狸でもなく、数年前に失踪した父の顔だった。「……待ってみる?」スピードを落とし、助手席の母に訊くと、母は「嫌よ、行って行っ…

応募

町内のスピーカーからアナウンスが流れた。「本日の夕日は応募用です」見ると、ビルとビルの間に、紫の地にピンクのしましまが浮かんだ球体が。病気のスイカみたいで、何だかもやもやした気分になる。やっぱり今年もオレンジ色のやつに投票することになりそ…

ネジ

ネジをぽろぽろ落としながら、ギイギイと錆びた音を立てながら、さいごの太陽が空を横切っていく。ぼくはそれを見上げながら、裏路地を歩いている。「さいごの太陽です。お洗濯物が乾くのも今日までですよ」どこかの家でテレビがわめいている。ぼくはうつむ…

エレベーター

朝目覚めたら、ゴウン、ゴウン、と大きな音が聞こえてきたので、窓を開けると、分厚い雲を突き破り、巨大なエレベーターが降りてくるのが見えた。カレンダーを見る。もうそんな時節か。あれは春を詰めたエレベーターだ。降り立つ予定の原っぱに行くと、もう…

説明

じゃあここからは、ママの剥製を使って、ぼくがどれだけママを愛しているか説明していくね。

看板

←この先××小学校 ※吸血に注意

夜、聴いていた音楽を止め、ヘッドホンを外すと、外からシュコッ、シュコッ、という音が聞こえてきた。ああ、もうそんな時期か。カーテンを開けると、案の定、夜空の真ん中で、うちの親父が、萎んだ月を空気入れで膨らませていた。みんなのために、地球のた…

マフラー

「いってきまぁす。……え?いいの、いいの、マフラーはこれで。変でもいいの。こうやってぎゅっと縛っておかないと、首が取れちゃうから」ああ、お姉ちゃん、今日は人間のふりする日なのか。