超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2019-08-01から1ヶ月間の記事一覧

夜、庭に出て涼んでいると、お隣の庭にある犬小屋の中に、小さな赤い光が見えた。よく目をこらすと、犬小屋の中にお隣のご主人がいて、四つん這いで煙草を吸っていた。何事かと思いじっと見ていると、やがて私に気づいたご主人は照れくさそうに笑い、「いや…

大腿骨

理科室の窓辺に身を預け、骨格模型が空を見上げていた。何かおもしろいものでもあるのかと思い、その視線の先をぼくも見上げると、よく晴れた青空に、大腿骨そっくりの雲が浮かんでいた。骨格模型らしいや、ふふん、とぼくが鼻を鳴らすと、骨格模型は歯の奥…

予定

通学路の途中に死体が落ちていた。手帳を確認する。今日の日付に、死体のシールが貼ってある。予定通りだ。予定通りに腰を抜かそう。

あたり

焼き魚の骨に「あたり」の文字をみつけたので、新しい魚ととりかえてもらうため海へいった。「あたり」の骨を海へ投げると、すぐに大きな魚が波に運ばれて足元へ。さっそく持ち帰り、網の上で焼いているとき、その魚が、卵をたくさん抱えていることに気がつ…

貼り紙

近所の家の外壁に貼られている、「剥ガスナ」とだけ書かれた貼り紙が、毎日、少しずつ、少しずつ、内側からじわじわと血で滲んでいく。

……

ベランダに出て空を眺めながら、本当に何も考えずぼーっとしていたら、はっと気がつくと足下に「・」がいっぱい落ちていた。「……」の「・」らしい。あとで片づければいいやと思い、つま先でベランダの端に集めてそのまま放置しておいたら、夕方頃カラスがや…

通勤に使っている道は田舎道なので、よく蛇が道の真ん中で死んでいる。そういう蛇の死骸を車でひくと、うちのカーナビはなぜか必ず「今、蛇を踏みました」と教えてくれる。そんな機能つけた覚えはないのだが。猫や人をひいた時には何も言わないのに。不思議…

ブタ

夕暮れの砂浜で、蚊取り線香のブタが、ひとり海を眺めている。すこしつかれてしまったのだ。蚊との日々に。見えない眉毛を八の字にして、ブタはため息をつく。ブタのため息は、蚊取り線香のにおいがする。ブタは蚊のことを何か考えたいのだが、何を考えてよ…

輪ゴム

道を歩いていたら、頭上からプチッと音がして、切れた輪ゴムが落ちてきた。その直後、晴れた空が一瞬で雨雲に覆われ、ものすごい大雨が降り始めた。どうやら、輪ゴムでまとめておいた雨雲が、はち切れてしまったらしい。きちんと整理しておかないからこうい…

シャツの内側に猫の毛を残して、あの人はある日とつぜんいなくなってしまった。ああ、遠くから、魚を焼く匂いが漂ってくる。

ガラスの花

久しぶりに帰省した実家で、自分の部屋の押し入れの奥から、昔使っていた玩具箱が出てきた。何十年ぶりだろう。なつかしさににやけながら蓋を開けると、箱一杯にガラスの花が咲いていた。花びらにリボンみたいな模様が入っている。どうやら、箱の底に溜まっ…

市場

「市場で珍しいのが売ってたんだよ」出かけていた夫が、そう言って一人の背の高い青年を連れて帰ってきた。どうしていいかわからずとりあえず会釈すると、青年は深々とお辞儀を返してきた。よく見ると青年の右手の小指は、煙草のフィルターになっていた。「…

アルミホイル

このところ、夜空を見上げても月が三日月のまま形を変えない。不思議に思っていると、ある晩、三日月がアルミホイルに包まれた状態で姿を現した。テレビでは天気予報が、ここ数日にかけて猛烈な熱帯夜になると言っていた。そのためのアルミホイルか。どうか…

聖剣

眠っている間に脳味噌を寝違えたらしく、右目にだけ夢の続きが映り続けている。ドラゴンを連れた若奥さん、翼の生えた電信柱、蔦の絡まった通勤快速。そんな調子で会社に着くと、部長の禿げ頭に、聖なる剣が突き刺さっていた。しかも私が近づくたびに、柄の…

たこ焼き

朝起きたらまつ毛が重たい。視界一杯になにかがぼんやり映っている。鏡を覗くと、まつ毛に小さな輪投げの輪がいくつも引っかかっていた。そういえば、かすかにソースと花火のにおいが漂っている。ゆうべは、お祭りだったらしい、小さい人たちの。それで合点…

バグ

胸にいつの間にか切り傷ができていて、痛くもなければ血も出ない。念のため絆創膏を貼り、しばらくしてから何気なく剥がしてみたら、切り傷はコイン投入口になっていた。試しに百円入れてみると、素晴らしく美しい口笛がひとりでに喉の奥から溢れてきて、た…

赤信号

ここの赤信号はすごく長い。特に晴れの日。青空に少し雲のある日。ここの赤信号の中には瞳があって、それが流れる雲をいちいち眺めているから、すごく長くなるのだ。しびれを切らしたかのように青信号が灯り、赤信号はあわててまぶたを閉じる。ドライバーた…

照れ

実に立派な形の入道雲が浮かんでいたので写真に収めようとした時、何か違和感を覚えた。よく目をこらすと、入道雲の傍に、しゃもじが一本浮かんでいた。あの入道雲を盛る際に使われたものだろう。「しゃもじ、忘れてますよ!」空に向かってそう叫ぶと、一瞬…

賽銭箱

近所のさびれた神社を何となく訪れ、古びた賽銭箱に小銭を投げ入れたら、妙な音がした。賽銭箱の中を覗き込むと、そこには小銭ではなく義眼がぎっしり。鈴を鳴らし、手を合わせている最中、ずっと賽銭箱の中から視線を感じていたから、本物の目玉も混じって…

死んだ風

子どもの頃、道ばたで死んだ風を見つけた。落ちていた棒でつついてみると、死んだ風はさらさらとさびしい音を立てた。そっと持ち上げて顔に当ててみたが、ちっとも涼しくなかった。死んだ風をカラスがねらっていたので、カラスに持ち去られてしまう前に、足…

のぼり

近所の古びた薬局の店先には、「元に戻る薬」とだけ書かれたのぼりが立っている。ある雨の日、そののぼりを、一匹の蛙がじっと眺めているのに出くわした。……もう元に戻って蛙なのだろうか、それとも蛙から別のものに戻るつもりなのだろうか。いずれにせよ、…

くちばし

ある朝起きたら、のど仏のあった場所に、鳥のくちばしが生えていた。黄色くてかわいいくちばしだ。このくちばし、普段はうんともすんとも言わないくせに、俺が他人の悪口を言っている時だけ、ぴーちくぱーちく鳴きやがる。いさめているのか、それとも賛同し…

時給

お昼頃、朝から降り続いていた雨がふいにやんだ。空を見上げると、雨雲から縄ばしごが垂れていて、そこから次々と作業服姿の人たちが降りてくるのが見えた。作業服の人たちは地面に降り立つと、めいめい牛丼屋や定食屋に入っていき、午後1時ちょっと前に再び…

きらきら

あたまのなかが、あのひとのかおでいっぱいだったので、ぬいばりをもったままふとんへはいり、ゆめのなかでひとつひとつわっていくことにした。ゆめのなかはあんのじょうあのひとのかおでいっぱいで、わらったかお……ないたかお……おこったかお……こまったかお……

おめかし

雲をシャツに、鳥の影を蝶ネクタイにして、やけにめかしこんだ太陽が、いつもより赤い顔で、いつもより早い時間に、地平線の向こうへ沈んでいった。どんなわくわくする集まりがあるのか知らないが、明日の朝寝坊するなんてことはないようにしてほしい。かわ…

威厳

とある動物園の近くにあるコンビニに立ち寄ったところ、レジスターのひきだしにライオンのたてがみがぎゅうぎゅうに詰め込まれているのを見かけた。「何?」店員に訊くと、「アイス一本分足りなかったんですよ」という答えが返ってきた。早速動物園に行き、…

出世

何時間寝たかわからない。ふと目が覚める。部屋で寝ていたはずなのに、目の前には青空が広がっている。どうしたことだ。寝返りを打とうとするが、金縛りに遭ったように体が動かない。どうしたことだ。どうにかこうにか右腕をぐっと上げると、メキメキ、とい…

ぼこぼこ

夕暮れ時。一人、部屋でぼんやりと壁を眺めている。壁に伸びる俺の影。夕日を浴びて無駄に長く伸びている俺の影。にゆっくり手を伸ばし、少しずつちぎっては、口に放り込み、それを酒であおる。影をちぎっては酒を呑み、ちぎっては酒を呑む。夕暮れ時という…

のびしろ

ある朝目覚めると、かかとにくっついていた「、」が、「。」になっていた。参ったな。自分にはもう少しのびしろがあると思っていたのにな。

七つの子

夕暮れの公園、ベンチに座る品のいい紳士と、傍らに置かれた黒い大きな鞄。遠くからは子どもらの遊ぶ声が聞こえる。そしてそれを見守る女たち。女たちは子どもらを眺めながら、時折、危ないわよ、とか、仲良く遊びなさい、と声をかけつつニコニコ笑っている…