超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

観光名所の寺院の入り口で、俺だけ止められた。 「あなたは近いうちに人殺しになるから、ここには入らないでください」 ツアーガイドは顔を引きつらせて、坊さんの言葉をそう訳した。 俺は黙って、地元の不味い煙草を吸いながら、みんなの帰りを待っていた。…

地獄

今日は時間とお金に余裕があったので、地下鉄を乗り継いで地獄へ行った。半年前に死んだじいさんがいるだろう、と思って見回してみたが、それらしい亡者はいなかった。あんな強欲なじいさんが地獄に落ちていないなんてちょっとおかしいぞと思った。家に帰っ…

じゅっ

あの人といっしょに呑んでいたら、「好きだよ」という言葉が思わず口をついて出た。慌ててグラスの酒を飲み干す。熱くなりすぎた唇が、酒に触れて、じゅっ、とかすかな音を立てた。

抜け殻

今日は太陽が二つ出ている。正確には、片方は太陽が脱皮した殻だ。つるつるの太陽と、くすんだ抜け殻が二つ空に浮かんでいるのだ。子どもの頃は脱皮したての太陽がぴかぴか輝くのを見るのが好きだったけど、今は、抜け殻がゆっくり宇宙に溶けていくのを見届…

知恵

本棚の奥の動物図鑑から、焼き肉のにおいが漂ってくる。しばらく読まないうちに猿たちが知恵をつけてしまったらしい。

しゃっくり

今回の旅行のメンバー全員の集合写真を撮った直後から、カメラのしゃっくりが止まらない。一枚目からいきなり大人数の写真を撮ったせいかもしれない。仕方ない、どこか、カメラがびっくりするような景色を探そう。

ぴょん

朝、鏡を覗くと、頭のてっぺんから髪の毛が一本、ぴょんと飛び出していた。かっこ悪かったので抜いてしまおうと思い、ぐいっと引っ張ってみて気づいた。それは髪の毛ではなく、ほつれた糸だった。面倒くさがらずに、ハサミで切ればよかったなぁ。どうしよう…

つん

冷蔵庫が唸るブーンという音の中に、ぼそぼそと低い声が混じっている。冷蔵庫が、中の物にまた何かよけいなことを吹き込んでいるらしい。翌朝、台所に行くと、鶏の手羽先が朝の空に向かって必死に羽ばたいていた。何だか鼻の奥がつんとした。

月明かり

手術室の扉の隙間から、月明かりが漏れている。そうむずかしい手術ではないそうだが、傷にさわるといけないので、飛行機の夜のフライトはとうぶん禁止になるらしい。手術室の前の長椅子には、杵と臼が無造作に置かれていた。うさぎはどこへ行ったのかと看護…

寝相

夜中、テスト勉強に疲れてふと窓の外に目をやると、見たこともない星座が夜空に浮かび上がっていた。注意深く星々を結ぶと、それは私の妹の寝姿になった。寝相の悪い妹が、ベッドから夜空へ転がり出てしまったらしい。今夜は熱帯夜だから、窓を開けっ放しに…

ベンチ

病院の中庭にある一脚のベンチ。朝の日を浴びてぴかぴか光っている。あたたかそうだが、誰も座っていない。そこへ病院の老先生がやってきて、ベンチの前にひざまずき、聴診器を取り出すと、ベンチの上の虚空に向かって、それをあてがう。時折うんうんとうな…

実家暮らし

朝起きると、時計の針が100時100分を指していた。カーテンを開けると、極彩色の空を、巨大な母の生首がぎらぎら照らしていた。あの様子だと、まだ朝食は出来ていないだろう。もう一眠りしようっと。

いわく

「いわくつきです」と紹介されて入居した私の部屋には、私がジャムの瓶の蓋が開けられない時にだけ現れてその様を笑う、というだけの幽霊が出る。いつも、どんな死に方をしたのだろうと思っている。

演出

雷鳴かと思ったら、ドラムロール。雷光かと思ったら、スポットライト。山の化け物が、生け贄をさらいに来る時の演出が、年々華やかになっている。今年は俺が選ばれたのだが、長いドラムロールの後、バン!とスポットライトが当てられ、同時にファンファーレ…

水滴

夕暮れ時、窓の外の蜘蛛の巣を何気なく見上げると、糸に細かい水滴が数滴くっついているのに気がついた。朝露がおりる時間でも、雨が降ったわけでもない。妙だなと思いよくよく見てみると、巣の奥で主である大きな蜘蛛が、小脇にちぎれた蝶の羽根を抱えなが…

一瞬

魚屋の店先。やけに大きな蛸が一匹。よく見てみると、八本の脚のそれぞれに、ピアノの鍵盤に貼るドレミ……の丸いシールが貼られていた。何だ何だ、何なんだこれは。私があまりにもしげしげ眺めていたせいだろう、いつの間にか魚屋のおかみさんが傍にいて、「…

なあ、看護婦さん、ゆうべ、点滴袋の中で子どもが溺れていたんだが……もう助からないかな?ゆうべから、胸の辺りがすごく冷たいんだよ。

昨日

脳天につまようじを刺した試食用の俺たちが、体育座りでスーパーの床に並んでいる。大声を張り上げる試食担当のおばさん。虚空を見つめる試食用の俺たち。おばさんの頑張りもむなしく、誰も試食用の俺たちを試食してくれない。一瞥するだけで通り過ぎていっ…

夢かと

窓枠にカエルが一匹、ざあざあ降っている雨を見上げながら、しきりに自分のほっぺたをつねっていた。カエルが夢かと疑うほどいい雨なのか、この雨は。カエルは喜び勇んだ様子で、窓枠を飛び出し、雨を浴びながらどこかへ消えていった。私は雨で乾かない洗濯…

果物屋

影が夕日を吸って柔らかくなっていたので、林檎の形にこねてみた。何となくだ。理由はない。家に帰ると、妻に笑われた。その晩、林檎になった夢を見た。果物屋の店先に他の林檎とともに並べられ、買い物に来た奥さんたちのスカートを覗いていた。赤面しても…

庭で遊んでいた息子がとつぜん空を指さして「へびー」と言った。見上げると、なるほど確かに蛇の形に見える雲が浮かんでいる。にょろんとした体はもちろん、先端に頭に見える部分もあって、さらにそこからちょろりと舌に見える小さな雲も飛び出している。確…

目の上

行き先のところに「目の上」と表示されたバスが向こうからやってきた。この辺りに「目の上」なんて地名があったっけ。不思議に思いつつバスの中を見てみると、座席にはありとあらゆる眉毛が乗っていた。細い眉毛、太い眉毛、柔らかそうな眉毛、硬そうな眉毛…

シール

歩道で自転車にひかれそうになっていたカマキリを助けた翌日から、我が家の周りを飛び回るチョウチョの羽根に、「今が旬」とか「オススメです!」というシールが貼られるようになった。カマキリなりの恩返しらしい。あのギザギザした腕でよくシールを貼れる…

ゆうべ一晩中降り続いていた雨は、朝方になってようやく止んだ。カーテンを開けて空を見上げると、真っ白な雲が浮かんでいた。そしてそのふちに天使たちが腰掛け、真っ白な翼を乾かしているのが見えた。そうか、ゆうべ、この近所で雨の中誰かが亡くなったの…

ここどこ

ここどこここどこねえここどこ。誰だそんなことを言っているやつは。一人暮らしの俺の部屋のどこかでそんなことを言っているやつは誰だ。ここどこここどこねえここどこなのよ。俺はじっと耳を澄ます。声の出所がだんだんわかってくる。ここどこここどこねえ…

相乗り

前を走っていた車のマフラーから、何か黒い綱のようなものが飛び出していた。よく見るとそれは三つ編みの髪の毛だった。さっきまで、あんなものなかったはずだけどな。おや、おでこが現れた、と思ったら、眉、目、鼻、口、首、肩、胸、おなか、太もも、と次…

小学生だった頃、ある日近所の公園に行くと、公園の木々一本一本にケーブルでマウスが繋がれているのを見つけ、適当にクリックしまくっていたら、夏でもないのにそこら中から蝉の声がじゅわじゅわ響き始め、どこからかすっ飛んできた公園管理人らしき爺さん…

縁の下

縁の下から、尻尾のちぎれたトカゲが大慌てで走り出てきた。

塗り

ふと青空を見上げると、小さな雲が一つ浮かんでいた。じっと見つめていたが、ちっとも動かない。ああ、あれ、雲じゃないや。塗り忘れだ。世界の端っこに住んでいるから、たまにこういうことがある。毎日青空を塗らなきゃいけない方も大変だと思う。

ジャラジャラ

公園の樹の傍に引っ越し屋のトラックが停まっていた。こんな場所におかしいな、と思いつつ何気なく樹を見ると、リスの家族がいたうろが空っぽになっていた。その後、トラックが発進する時に荷台からジャラジャラという音が聞こえた。きっとドングリだろうな…