超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧

弁解

あの肉屋、おもしれーんだぜ。一番端っこに置いてある肉買うと、店の奥でおばさんが線香に火点けんの。

荷造り

その日世界は束ねられた。荷造り用の紐で。雲が束ねられ、木々が束ねられ、丘が束ねられ、海が束ねられ、鳥たちが束ねられ、飼い犬たちが束ねられ、野良猫たちが束ねられ、魚たちが束ねられ、ビルが束ねられ、電信柱が束ねられ、絵画が束ねられ、埴輪が束ね…

オルゴール

母の部屋にあるオルゴールの蓋を開けると、暗がりが広がっていた。暗がりに目をこらすと、底の方で女が独りピアノを弾いていた。女に見覚えがある気がして目をこらしたが、遠くてよく見えない。もっとよく見ようと身を乗り出したら、その拍子にオルゴールの…

おろし金

家を出ると霧雨が降っていた。何となくやさしい霧雨だった。しかし遠くの方では強い雨が降っていた。首をかしげつつ空を見上げると、死んだばあちゃんが雨雲をおろし金ですっていた。おろし金でするくらいなら雨そのものを止めることができるような気もする…

キャベツ売り場から

昨日、スーパーで買い物していたら、キャベツ売り場からしゃれこうべが飛び出してきて、カタカタ笑いながらすごいスピードで去っていった。驚いていると、そこへ困った顔の中年店員が現れ、しゃれこうべを軽く追いかけていったが、とうてい追いつけるスピー…

レモン

ねえ、かあちゃん。ばあちゃんのいえいがくちあけて、すげえながいベロだして、わらってる。 ベロにレモンじるたらしてほっときな。

トントン

アイディアに煮詰まって、持っていたペンのお尻で額を二度、ノックした。トントン。すると額の内側から二度、ノックが返ってきた。トントン。「入ってますよ」そんな声が頭の中に響く。入ってなきゃ困りますよ。

電池

××さんのお見舞いに行った時、病院の真っ白で明るい廊下の片隅、ほとんど唯一ともいえる暗がりの中で、××さんを担当している看護婦さんが、天使たちの背中に電池を入れているのを見てしまった。ああ、もうすぐ××さんは死ぬんだ。そう思ったら何だか足下がお…

せめて

もう誰もいないはずの時間、夜の闇に包まれた、理科室の扉の向こうから、フォークとナイフが皿に当たる音が聞こえてくる。ああ、せめて調理実習室に忘れ物をするんだった。

ベッドにいるのはわたしひとりだが、ふとんからはみだしている足は五本も六本もある。足をうごかしてみるとぜんぶ同時にうごくから、どれがわたしの足なのかわからないが、どの足もつやつやの爪が生えていたり、たくましい血管がうきでたりしているので、ど…

金魚鉢

廃屋の子ども部屋の窓辺に置かれた、干からびた金魚鉢の中に、かすかな声がこだましている。もう遅いですか。もう遅いですか。時に鋭く、時にかすれながら金魚鉢の狭い空間をぐるぐる回っていたその声に唯一気づいたのは、廃屋を取り壊しに来た解体業者の若…

次男

真夜中、おぎゃあとけたたましい泣き声が山の方から聞こえてきた。翌朝、昨日までまん丸だった山がぺしゃんこに萎んでいた。出産祝いを町のみんなで、萎んだ山に供えた。次の日、みんなの家の前に、果物や山菜がどっさり置かれていた。逆に気を遣わせてしま…

遅れ

「すごく、遅れて、ごめんね」 そう謝る恋人のキスは、線香の匂いがした。

2

犬の散歩の途中、砂浜に立ち寄り、落ちていた棒きれで砂に「1+1=」と落書きをした。別に意味はなかった。波がざざっと寄せてきて落書きをさらっていった、と、飼い犬が海の方を見てわわんと吠えた。顔を上げると、海の中から別の棒きれのようなものがすっ…

小袋

空を見上げた。雲一つない快晴だった。カンカン照りの太陽に、雲を詰めた小袋がテープで貼りつけてあった。今日の太陽をあたためた人が、雲の小袋を開けるのを忘れたらしい。間違いの快晴の空へ、鳥がのびのび飛び去っていった。

木魚と魚

夜、仕事帰りに近所の寺の前を通りかかったら、お坊さんが水泳帽をかぶせた木魚を抱えて池の方に歩いていくのを見た。何ですか、それ、と訊くと、泳ぐ練習をさせてるんです、とのことだった。昼間、木魚としての仕事を終えてから、夜、魚として泳ぐ練習をし…

標識

近所の路地の行き止まりに、標識が一本立っている。青い丸の中央に、人差し指が一本生えている、という標識だ。男のものか女のものかもわからないこの人差し指、普段はやる気なくぶらぶらしているが、たまにまっすぐ空を指さしていることがあって、そういう…

かべ

ああ、この口紅は、へへ、いや、おれがつかうわけじゃねえよ、女房につかうんだよ、ぬってやるんだ、おれが、女房のくちびるに、女房、いたよ、かべにうめたんだけどね、むかしのはなしだよ、ほら、そこのしみ、よくみるとひとのかおにみえるだろ、それ、女…

三日月

夜空に三日月のようなものが浮かんでいたから、てっきり三日月だと思ったが、よく見るとふちに砕かれた星の欠片がくっついていた。まったくもう、笑いながら食べるない。