超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

細胞

煙草に火を点けようとしたが、ライターから現れたのは、炎のように赤い一匹の金魚だった。 金魚はからかうように俺の鼻先を尾びれでさっと撫で、こともなげに空へ昇っていった。 見上げると、頭上遙か高く、陽の光がまるで何かの細胞のような、ぶよぶよとし…

路傍

違うよ。 ここに子猫を捨てていく人がいるんじゃないんだよ。 ここに子猫を産んでいくおばさんがいるんだよ。

林檎

親戚から林檎が送られてきた。一つ磨いて、母の仏壇にお供えした。 その翌朝、幼稚園児の娘が仏壇の前に座って、何かそわそわしていた。「何してんの?」 と訊くと、「寝てたら、おばあちゃんが、××ちゃんが起きたら、これ、食べていいって、言ってたから、…

友情

結局、親友の××君の右目だけは、転校せずに済むことになった。 一時はどうなることかと思った。 なっ。

目覚め

目覚めると猛烈に腹が減っていたので、部屋の隅に放られていただるだるのジャージに袖を通し、サンダルを突っかけて、牛丼でも食いに行くことにした。 家の前の道を右左どちらに行けば牛丼屋に近いのかがわからなかったので、ひとまず右に行くと、先の方が、…

もぐら

明け方、新聞配達のために通りかかった飲み屋街の裏路地に、何か小さくてコロコロしたものがいくつも落ちているのを見つけた。 近づいてよく見るとそれは、すぐ近くにあるゲームセンターの、もぐら叩きのもぐらたちだった。アスファルトに体を投げ出すように…

始発

珍しく朝早くからの仕事が入り、眠い目をこすりつつ始発電車に乗り込むと、車内に木琴の音が響いていることに気づいた。発車のベルだろうか。それにしてはやけにぼんやりしたメロディだ。音のする方に目をやると、隅の席に、月が深く身を沈め、泥のように眠…

「この卵はちょっとわけありなので、タダでいいですよ」「……食べられるんですよね?」「気にしなければ」 家に帰って殻を割ってみると、殻の内側にびっしり寄せ書きが残されていた。 「孵化しても元気でね」「大好きでした」「食われんなよ!」 気にしないわ…

貯水槽

×月×日午前九時から十一時まで、 貯水槽の点検を行います。 点検中の水道のご使用はお控えください。 なお、点検後は各部屋すべての蛇口を開けていただき、 水から視線を感じなくなるまで、 充分流しっぱなしにしてからご使用ください。

明滅

夏祭りの喧噪もすっかり静まりかえった深夜の交差点で、明滅する赤信号の周りを、一匹の赤い金魚が飛び回っていた。 今日の祭りで売れ残ったやつらしい。赤信号を仲間だと思っているのか、それともよほど珍しいのか、きょとんとした顔のまま鼻先でつついたり…

沈める人

夕暮れの空に、街に、耳に、たくあんをかじるような音が、ぽりぽり響いている。 その音が聞こえるたびに、丸い夕日がちょっとずつ、地平線の下へ、ちょっとずつ、沈んでいく。 ぽり、沈む、 ぽり、沈む。 ぽり、沈む、 ぽり、ぽり、沈む。 祖母が言うには、…

夢と夜風

深夜、一人酒の酔い覚ましにベランダで涼んでいると、誰かの見ている夢が夜風にこんがらがったまま低空を漂っているのを見つけたので、何気なく手を伸ばしたら、捕れてしまった。 捕れてしまったのはいいけど、これは……何の夢を見ているのだろう。 掌の中の…

トラウマ

母の遺品の中から、俺の色をした小さな毛糸玉が、転がり出てきた。 「何これ?」 洋服箪笥の中を整理していた父に尋ねると、父はこちらをちらりと振り返った後、再び背中を向け、「お前が生まれた時のやつだよ」 と、ぽつりとつぶやき、手元のアルバムから一…

人間の皮を丸めて筒にしたようなものを片手に持った制服の男が、掲示板の前に立っていたので眺めていた。 制服の男が広げたその皮のようなものは、確かに人間の皮だったのだが、胸から腹にかけて綺麗に毛が剃られていて、そこへ行方不明者の情報が載っていた…

擬態

至急連絡! の文字とともに、誰かの携帯電話の番号を羽に走り書きされた真っ白な蝶が、川辺の草むらでのんびりと、花の蜜を吸っていた。 今日は天気がいいから、オフィスの窓を開けっぱなしにしていたのかもしれない。 今日は天気がいいから、飛び回って遊び…

旅人

台所に面した窓の向こうを、カタツムリのようなものがのろのろ這っていた。 よく見るとそれはカタツムリではなく、風呂敷包みを背負ったナメクジだった。 家出なのか、 放浪なのか、 泥棒なのか。 あれこれ詮索しながら眺めていたらふいに目が合ったので、か…

通告

ある日突然頭上に現れた巨大な円盤が、じわじわと降下してくるのをどうすることもできないまま、人々が狭い地上を右往左往している頃、地球の周りに浮かぶ人工衛星たちは、地球にゆっくりと巨大な半額シールが貼られていく様子を、笑いを堪えながら撮影し続…

明日

ある日突然姿を消した友人の部屋から、ゴミ箱一杯の、「明日」と印刷されたレシートが見つかった。 レシートの日付は、友人がいなくなった日の二日前までで途絶えていた。 ゴミ箱からレシートを一枚拾い上げ、そこに載っていた電話番号に掛けてみた。 数回の…

ばた足

庭の隅に植えた星が、いつの間にか芽を出し、茎を伸ばし、その先に新しい星をつけていた。 サラダにしようと思ってもぎっていたら、一番ぷりぷりで美味しそうな星に、宇宙飛行士がたかっているのに気づいた。 指でつまむと、ぎゃっ、と言って、ばた足で逃げ…

心労

今の彼とお付き合いするようになってから、おばあちゃんの遺影から抜け落ちてくる白髪の数が増えた。 親に小言を言われるのは全然平気だけど、こういうのは、結構きつい。

通学路

学校から帰ってきた娘が、膝に絆創膏を貼っていた。 訊くと、途中でつまずいて転んだのだという。 カーテンを開けると、満月の端が少し欠けていた。 通学路を考え直さなければいけないと思った。

サムライ

満員の通勤列車の網棚の上に、大蛇が横たわっていて、お腹が、おっさんの形に膨らんでいた。 後ろの車両へ行くほど、大蛇は細いので、前の車両に頭があって、それにおっさんが呑まれたのだろう。 なぜ腹の形だけで、おっさんだとわかったのかというと、それ…

0時

なくな、 猫。 はやくねろ、 猫。 皆、 さびしい。

冷蔵庫のドアポケットに卵が十個納まっているが、 どれが私の買ってきたもので、 どれが冷蔵庫の産んだものなのか、 わからなくなってしまった。 印でもつけておけばよかった。 うかつに食べると、 この間みたいに、 お腹を冷やしてしまう。 お腹を冷やすの…

パスワード

今日も朝からよく晴れていたので、 担当区域の樹を一本一本回り、 そこにとまっている蝉たちのスイッチをオンにしていると、 最後の一匹で、「パスワードを入力してください。」 と求められた。 そうか。 今年ももう、夏が終わるんだな。

痒い

私の恋人の髪の色は、 菫色にも、 深い青にも、 墨色にも見えて、 つまり、夜の色をしていて、 時々何か青白い光が、 髪の中でちらついているのが見えるので、 この間どうしても気になって、「それ何?」 と訊いたら、 恋人は髪の中に指を突っ込んで掻き乱し…

水平線

朝、海の見える部屋のカーテンを開けた時、 しわしわの水平線の上を、 巨大なアイロンが横切っていくのを見た。 アイロンはゆっくりと視界の端へ消え、 後に残されたのは、 見慣れたまっすぐの水平線だった。 珍しく早起きした朝だったのだが、 それが得だっ…

自由律俳句 百十一首

2012年~2017年に詠んだ自由律俳句百十一首です。 ***** まどろんであかぎれ見ている 暑い日に猫が子を産む 夕立鉢を動かす 墓場からベビーカー 墓の水が凍っている 冷えた手揉みながら猿のニュース見ている 遠くの池に遠くの雲が映っている 川のにおい…

ひつじ

点滴袋に、 ひつじの絵が描かれていたのは、 たとえば子どもを怯えさせないためにだとか、 そういうことだと思っていたのだが、 全然違った。 うわあ。 もっこもこだあ。

吸う

長く換気扇の下にいたら、 おっぱいが小さくなっていた。 吸われて、 外へ散ったのだ。 どこかで見かけたら、 コンビニの袋にでも、 詰めておいてください。