超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

迷子

夏祭りの人ごみの中を歩いていたら、赤い浴衣を着た女の子に、服の裾を引っ張られた。「どうしたの?迷子?」と訊くと、「どこから外に出るの?」と尋ね返された。「あっちだけど……」と大通りの方を指しつつ、「……外にお母さんかお父さん、いるのかな?」と…

アスパラは悪くない

妻が死んだ時に、 医者がやってくるまでの間、妻の顔を覗き込んだら、 妻の瞳にテレビが映っていました。 妻がテレビを受信する人だったなんて、その時、初めて知りました。 料理番組が流れていました。 アスパラを茹でていました。 その時、私は、 明るいス…

いらいら

小便器の前に立ち、用を足している時、 ズボンの中から、舌打ちが聞こえました。 俺のしょんべんは、 そんなにいらいらするのでしょうか。 俺には、わかりません。

アリクイ

朝の台所を、 息子の幼稚園のお洋服を着たアリクイが、うろうろしていました。 私の息子は今日は私の息子じゃないので、 かわりにアリクイを、連れてきて、置いていったみたいです。 * どうしてアリクイなんでしょう。 朝ごはんにトマトを切りましたが、 ア…

チェーン

親友の××君の家があった辺りで、折り紙で作ったチェーンの化石を見つけました。 ××君の、いつかの、お誕生会の時のやつでした。 ××君のお母さんのテンションが妙に高くて、祝われる本人が、すごく恥ずかしそうにしてたのを覚えています。 * 化石を拾い上げ…

砂嵐

蹴らないね。 蹴らないね。 大きく膨らんだ妻のお腹に耳を当てると、 砂嵐の音が聞こえました。

樹のこと

早朝、近所の路地を、 一本の樹が、 うろうろ歩き回っていた。 焦っているようだった。 困っているようだった。 樹液のようなものが滲んでいたが、 脂汗だった。 樹は、 何かぶら下げていた。 樹の、 一番太い枝で誰かが首を吊っていた。 樹は、 これにうろ…

寝てる?

ママ、寝てる? ねぇ、寝てる? ねぇ、ママ、寝てる? 起きてるよお。 寝テロヨお。

入居前、「いわくつきではあるのですが、実害はほとんどありません」と説明された部屋には、毎日夕方から明け方にかけて、備え付けのベッドの下に、犬のおばけが出る。 丸まって寝ている。 鼻が湿っているのが、悲しい。

年頃

娘の墓前に手を合わせていると、ふいに娘の墓石から、前回ここを訪れた時とは違うシャンプーの香りが漂ってきた。 年頃だから仕方ないが、墓前ではやっぱり線香の匂いに包まれたいものだと、妻と二人で苦笑いした。

上手い人

珍しく早起きしたので、 ベランダに出て東の空を眺めていたら、 クレーンゲームのアームに掴まれた太陽が ゆっくり昇ってきた。 街が朝日に染まっていく。 気持ちがいい。 今日は上手い人で良かった。 昨日の人なんか途中で落として 一日夜だったもんな。

供養不足

(「ICOON MONO」様の素材を使用させていただきました。)

ロミオとジュリエット

夏祭りに行った。屋台で金魚すくいをしていると、桶の端に一匹の小さな金魚がよじ登り、外へ逃げようとしているのに気がついた。屋台のおじさんにそれを伝えると、おじさんは黙って、金魚の視線の先を指さした。 そこにはたこ焼きの屋台があって、一本の蛸の…

栄養

壁の傷は、口内炎だった。

ジャングルジム

夜の公園がぼんやり明るいので見に行くと、 ジャングルジムの周りに、 オレンジに光る立方体が、 いくつもいくつも転がっていた。 細切れになった夕日だった。 夕日が沈む時、 ジャングルジムに引っかかって、 等分に切れてしまったらしい。 ゆで卵カッター…

ジャングルジム

ジャングルジムで遊んでいたら、 看護婦さんが慌てて俺を呼びにきた。 お母さんがエコー見たいって言ってるから、 すぐにお腹に戻ってちょうだい。 母ちゃん、父ちゃん。 のほほんとした顔で俺を見てるけど、 俺の指先は鉄くさいんだぜ?

視る

それが田んぼの畝ではなく、巨大な目尻の皺だと気づいた時には、もう、村に残されているのは私だけだった。

へそ

子どもの頃になくしたへそが、十年くらい前から、毎年夏になると、入道雲の下の方にくっついて姿を見せるようになった。へそがどういう心境でそんなことをするのかわからない。手でも振ればいいのか?ただ一つ言えるのは、俺のへそにしては随分出世したな、…

色のない雨

カーテンを開けると雨が降っていた。 久しぶりに色のない雨だった。 水のにおいの雨だった。 誰も泣かない雨だった。 今日はお気に入りの靴を履き、うつむかずに外を歩くことができる。 空を覆い隠す分厚い黒雲が、とても頼もしく見えた。

隙間風

あの音は、隙間風じゃなくて、私たちを呼ぶ、犬笛みたいなものなんだけど、あの音が聞こえるってことは、君もやっと、私たちの家族になれたんだね。

夏祭り

仕事帰りにいつもの裏路地を歩いていたら、どこからか祭り囃子が聞こえてきた。音の方に目をやるとほのかに明るい。今年もこの季節がやってきたのか、と思い光を目指して歩いていくと、思った通り、「夏祭り」と書かれた自動販売機が設置されていた。小銭を…

銀紙

ガムを噛んでいたら、口の中から頭へ伝わる、くちゃくちゃという音が、味がなくなるにつれて、ギシギシという嫌な音に変わってきた。まるで古い学校のかびた廊下を誰かがゆっくり歩いてくるのを聞いているような、不安な音だった。そのうちに、その音が何だ…

第二幕

昨夜の残りのカレーを食べようと鍋の蓋を開けると、鍋の中から青白い顔の女が恨めし気に私をじっと睨みつけていた。 時計を見ると午後一時半。 お昼時、カレー鍋、青白い女。 たぶん何か間違ったのだろうと思い、気づかなかったふりをして蓋を閉めた。 その…

怒号

「絶対に入らないでください」 そう釘を刺された分娩室から、妻の苦しそうな叫び声とともに、「絶対に出すな」 という医者の怒号が聞こえてきた。 何だか大変なことになっている。 居ても立っても居られず、少しでも様子を見ようと長椅子から立ち上がった時…

日記(にやにや)

8月9日 ××君は好きだけど、××君の家の近くにあるあの公園は嫌いだ。街灯に集まる虫たちの中に人間の耳が何枚も混じっていたので、夏の夜なのに、恋の話もできなかった。

物件の条件

あ、子どもの歯形、見えますか?でしたら、家賃が少しお安くなります。

海へかえっていく母の姿を見たとき、初めて母の鱗を美しいと思った。

友人の家に泊まりに行った時に指摘されて初めて知ったのだが、俺の眉毛は、俺が寝ている間、どこかに出かけているらしい。 朝目覚めると、時々、描いた覚えも剃った覚えもないのに、眉毛が太くなったり細くなったりしていたことがあったのだが、それは眉毛が…

大人になったら

箸の先に雲がまとわりついて、何を食っても雨の味がする。大きくなんてなるんじゃなかった。

プルプル

楽しみにしていたおやつのプリンを冷蔵庫から取り出し、スプーンですくおうとしたのだが、硬くてスプーンが通らない。 ああ、忘れてた。電池だ。 台所の戸棚から単四電池を持ってきて、プリンにセットすると、プリンはぷるぷると美味しそうに揺れ出した。 夢…