超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-06-01から1ヶ月間の記事一覧

10円

さいごのさいごに、医者にわがままを言って、10円分だけ余命を買った。 急いで触った看護婦のおっぱいはこれまでに出会ったどのおっぱいよりも柔らかかった。 たぶん笑って死ねたと思う。

未練

女と別れた。気持ちの面では、もう吹っ切れたと思っていたのだが、俺の右目だけはいつまで経っても未練たらたらで、俺の意思とは関係なく、女のいるらしい方に勝手にぐるぐる動き回るので、めまいがして仕方なかった。 そんなことが数か月続いていたある日、…

連打

近所のビジネスホテルの裏の路地に、「夢」という自販機が置かれている。何だかわからないもやもやしたものの詰められた瓶が並べられていて、その下には「過去」とか「女」、「土」、「歌」などと書かれたラベルが貼られている。「おやすみ前にどうぞ」とい…

濁り(改稿)

まだ私が幼かったある日、母がパートから帰ってくるなりあんたちょっと背筋伸ばしてそこにまっすぐ立ちなさいと言った。母の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は母の言う通りにした。観たいテレビがあったけど。 母はじっとしてなじっとしてなと繰り返しなが…

根(改稿)

四歳か五歳くらいのとき、ある日とつぜん、頭の中に、家族の寿命が見えたことがある。忘れちゃいけないと思い、画用紙にクレヨンで家族の名前と享年をメモして、自分のおもちゃ箱の中にしまっておいた。しかしちょっと目を離した隙に、当時やっとハイハイが…

特典(改稿)

仕事が忙しくて、火葬場から来ていたハガキに気づかなかった。ハガキには「ご当選おめでとうございます」の言葉とともに、QRコードが印刷されていた。 私は画面がひびわれたままの携帯電話でQRコードを読み取った。すぐに画面が切り替わり、 焼却中・・・ と…

葉擦れ

時計を見ると午前二時をとっくに回っていた。ベッドに入ったもののなかなか寝付けない。家の傍の公園から聞こえてくる木々の葉擦れの音が、妙に耳に障る。いつもなら気にならないはずなのに、なぜか今日は、葉っぱが風に揺られるその音が、まるで何か悲しい…

羽根

近所の家の前を通りかかったところ、塀にトンボがとまっていて、家の方を見ながら首をぐるぐる動かしていた。すぐ傍の窓の向こうで誰かが指でも回しているのかと思い、つま先立ちになってちょっと中を覗くと、お札みたいなものがベタベタ貼られた部屋の中で…

結婚記念日なので妻が好きなケーキを買って帰った。しかし妻は亡くなった息子の写真の欠片を口の周りにくっつけたまま、「お腹いっぱいだから」と微笑むだけだった。 その夜は、妻の手を握って眠った。その手は汗ばんでいるのになぜかとても冷たかった。

沈む畳

眠りに落ちる瞬間、耳元に割り箸を割る音が小さく響いた。

葡萄

旅行へ出かけ、小さな旅館に泊まった。女将に案内された部屋は、狭いが海のよく見える窓があって、風呂上がりにあそこでビールでも呑んだら旨そうだ、なんてことを思ったが、古い畳の上を歩くたびに足の裏に小さな砂粒みたいなものがくっついてくるのが気に…

手抜き

ハンバーグを作ろうと挽き肉をこねていたら、ボウルの中で指を噛まれた。 ちゃんと挽けよ、あの肉屋。

日記(頭痛)

××月×日 彼女に別れ話を切り出したら、「最後に一晩だけ一緒にいてくれ」と言われた。言われた通り彼女の部屋で特に何もせず一晩一緒に過ごし、翌朝目覚めて自宅へ帰る途中、彼女との思い出を頭に浮かべようとした瞬間、これまでに経験したことのないくらい…

虹とカメラ

虹が出た。 若い男がロープを持って、自転車で駆けていった。 虹に縄をかけて、首を吊るのだろう。 最近、若い人の間で、そういうのが流行っているのだ。 虹が出れば、そこで誰かが首を吊る。 誰かが虹で首を吊れば、それを誰かが写真に撮る。 そういうのが…