超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

ドミノ

喫茶店の隅の席で、若い母親がベビーカーに向かっていないいないばあをしている。 母親が「ばあ」と手を広げるたびに、ベビーカーの中から笑い声が聞こえてくる。 微笑ましい光景だが、ベビーカーの中から笑い声が聞こえてくるたびに、喫茶店のすぐ傍の交差…

牛と雷鳴

「ラストオーダーになりまーす」 という店員の声が焼肉店に響くと同時に、店の裏手から雷鳴のような牛の吠え声が聞こえてきた。

教育者

我が家の花壇に植えられた花々は、一番美しい時期が過ぎると自ら、庭の隅の肥溜めに向かって茎を伸ばしていきます。 父と母の教育の賜物です。 私もいずれ

帰宅

庭で死んでいた黒い鳥の、大きく開けられたくちばしの中を何気なく覗くと、粘ついた暗がりの中に人間の目があって、こちらをじっと見つめていた。 目は何かを訴えるように二度三度まばたきをして、涙をぽろりとこぼした。 ああ、これは妹の目だ。 去年、飛行…

リッチマン

屋上に行くと隅の方に無人販売所があって、薬のカプセルみたいな物が並べられていた。 看板の説明によると、これを飲むと血の色を好きに変えられるらしい。 100円置いて緑色のを買って、水を持ってこなかったことをちょっと後悔しつつ飲み込み、フェンスを越…

カーテン

授業中、××君が、「保健室に行く」と言って教室を出ていった。 しかし、放課後になっても××君は戻ってこなかった。 部活に行くために外に出たら、校庭の隅に人だかりが出来ていた。 見ると、××君が土を食べていた。 次の日も、××君はまだ土を食べていた。 結…

坂の家

先生が頭をかきむしりながら、丸めた原稿用紙を畳の上に投げ捨てる。 この作品のために殺された先生の奥様の死体が、部屋の隅でまた少し腐っていく。 遠くで夕暮れの鐘が鳴っている。 壁に立てかけられた奥様の中からひょいと顔を出した蛆が、部屋に差し込む…

アフター

治療ではなく実験だと気づいた時には、私は既に巨大なアスパラガスになっていた。

方法

家の近所に、「人を食う化け物が棲む」と言われている山がある。 先日、その山の入り口にパトカーが何台も停まっており、野次馬がそれを遠巻きに眺めていた。近所の奥さんが野次馬の中にいたので話を聞いてみると、どうやら不審者が山の中をうろついているら…

集める係

ランドセルを開けると、髪の毛がどっさり入っていた。他の子のランドセルには、手足や目玉が入っていた。 集める係の子が教壇に上がり、集めるための箱の蓋を開けた。「教科書が汚れちゃった子は図書室で交換してきていいからね」 先生が優しく微笑んで言う…

ライオン

「あの、すみません」 西日の差す席に腰掛けていたライオンはおずおずと前脚をあげ、ウェイトレスを呼び止める。「はい」「あの、30分くらい前に、その……注文したんですけど……」 ウェイトレスはみるみる不機嫌な顔になり、黙って厨房に引き返す。隅に仕掛け…

足音

風呂掃除をしようと扉を開けると、排水口に泥が詰まっていた。 昔私が森で見捨てたあの子の命日が、今年も近づいてきているのだ。

定期報告

毎年この時期に漁に出ると、引き上げた網の中に、魚に混じって一台の古びたそろばんが引っかかる。 玉の並びは毎年微妙に違うが、古参の漁師の話では、その前年に海で亡くなった人の数とぴったり一致しているらしい。 そろばんを見つけてしまったら、そのま…

絆創膏のおばさん

スーパーマーケットでアルバイトをすることになった。 初日、仕事の説明を一通り終えたチーフが、最後に「そうそう。絆創膏のおばさんが来たら、すぐに教えて」と言った。「絆創膏のおばさんって何ですか?」「そういう人がたまに来るんだよ」「どんな人です…

目覚め

朝、ゴミ捨て場の前を通りかかると、一匹の野良犬が、捨てられた雑誌をむさぼり食っていた。 宇宙の謎を特集した子ども向けの科学雑誌だった。 夜、公園の前を通りかかると、ジャングルジムのてっぺんに今朝の野良犬がいて、じっと夜空を見つめていた。 そっ…

新しいシャツ

朝目覚めたら胸の間に目玉があった。金星みたいに綺麗な目玉だった。 外の景色を見せてあげると喜ぶので、家にあるすべてのシャツに穴を開けてしまった。 出かけるのが楽しくなった。 でも、たまに生意気な目つきで私を見ることがあるので、そういう時はわざ…

冷たい枕

幼い私が、高熱を出して布団の中で震えている。母が私の手を撫でながら「すぐ治るから早く寝ちゃいな」と優しく言うので、私はひとまず安心して目をつぶって寝ようとするが、やっぱり不安で寝つけず、ますます朦朧とする意識の中で、「このまま自分は死んで…

カチッ

ある朝、起き抜けにくしゃみをしたら、鼻の穴から換気扇の紐が出てきた。 痛くも痒くもなかったけど一応病院に行ったら、レントゲンのすごいやつみたいな機械で検査されて、「多分心臓に繋がってます」と言われた。「引っ張ったらどうなります?」「さあ」 …

20円

かじかむ指先で自販機に小銭を入れ、缶コーヒーのボタンを押す。ガコン、とこもった音が聞こえて、取り出し口に手を伸ばす。 取り出し口の両端からは、透明のカバーを押しのけて、誰かの足首から先がはみ出している。その足首と足首のちょうど真ん中に落ちた…

天使

庭で遊んでいたら、蚊に刺された。 値段が下がったと告げられた。 その日の夜、妹に部屋をとられた。

琥珀の子

部屋に差し込む夕日を浴びてうたた寝をしていた娘が、夕飯の時間になっても部屋から出てこない。仕方なく呼びに行くと、娘は眠ったまま巨大な琥珀の中に閉じ込められていた。娘を包んでいた夕日の光が夜の冷気で固まって、そのまま琥珀になったらしい。 夫や…

2.0

視力検査表の一番下までくっきり見えてはいるのだが、検査表には、踏まれて様々な形に潰れた何かの死骸が貼りつけてあるだけなので、目医者に何が見えているのかをどう伝えていいのかわからない。 あれ。どうして「踏まれた」って知ってるんだろう、私。

桃の皿

久しぶりに友人の家に遊びに行った。 居間で談笑していると、友人の母が盆を持って現れた。盆の上には三枚の皿があり、それぞれに切り分けた桃が盛りつけられていた。 友人の母は私の前に皿を置き、「どうぞ」と優しい声で言った。「ありがとうございます」…

サイレン

夜、コンビニに行く途中、道ばたで赤ん坊の私を拾った。 高校生の私がいるレジでオムツとおでんを買い、帰路を歩いていると、犬の私が生ごみの私を貪り食っていた。「違うんですよ、これは私なんです」 生ごみの私が恥ずかしそうに言う。赤ん坊の私と混ぜた…