超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

独り言

ドラム缶にゴミを入れて燃やしている時、ぶつぶつと独り言をつぶやいていることに気がついた。はっとして立ち上がり、その場に自分しかいないことを確かめ、ため息をつく。 元々独り言が多い方だったけど、これは相当重傷だな。 そんなことを考えながら、ま…

落ち込む出来事が立て続けに起こった日、うつむいて夜道を歩いていたら、突然私の後頭部に何かがぶつかり、ピコン、と小さな音を立てた。 驚いて顔を上げると、排水溝の蓋の隙間から子どもの腕がにょろんと生えていて、手に握ったおもちゃのハンマーを愉快そ…

ですか?

「このまえひいたねこですか?」 買い物に行った帰り道、すれ違った若い女に突然尋ねられた。「このまえひいたねこですか?」 再びそう言って、若い女は買い物袋を指さした。どうやら、私がさっき買った牛肉のことを言っているらしい。「このまえひいたねこ…

ひかり

眠っているのかと思うほど綺麗な死体だった。 枕元の遺書には「ちょきんばこにしてください」と書かれてあった。 食い扶持は減ったが、俺は未だに貧しいままで、彼女だけが冷たく肥っていく。

首輪

公園でペットを散歩させていた私に少女が駆け寄ってきて、「犬の部分だけ撫でてもいい?」と尋ねてきた。賢い子だ。

等価交換

今夜も、「月」と書かれた食券が、夜空をゆっくり横切っていく。

アルバイトをしている喫茶店に、朝から妙な4人組が来て、コーヒー1杯で夜まで居座り続けていた。 コーヒーを飲んだり煙草を吸ったりする時以外はずっと額を付き合わせて、何かを話し合っているのだが、その結論がなかなか出ないらしい。 とうとう閉店の時間…

夜風

涙が染み込んで、すっかりふやけてしまった古い顔を、爪の先で少しずつ剥がしながら夜道を歩く。 道に落ちた古い顔が靴の裏にくっついて、にちゃにちゃと嫌な音を立てている。 どうして失恋なんかで泣いてしまったんだろう。 ……。 古い顔を全部洗い流す。爪…

コツ

友人と呑んだ帰り、一人公園に立ち寄って、ベンチで夜風を浴びていた。ちょっとうとうとしてきた頃、ふいに暗闇からやたら背の高い爺さんが現れた。手にはカップ酒が握られており、すっかり出来上がっている様子だった。 爺さんは酒を呑みながら、何かを口の…

生もの

「生ものの荷物が届くから受け取っておいて」 と言い残し、母は出かけていった。 夕方頃、大きな段ボール箱が届いた。生ものって言ってたな、と思い蓋を開けると、背中にマスタードとケチャップをかけられたおじさんがうずくまっていた。 とりあえず冷蔵庫の…

どちらから声をかけたのかは忘れたが、たまたま通りかかった夜の美術館の前で、俺はその女と出会った。 酒を呑み、飯を食い、することをした後、嗅いだことのない煙草の香りの中で、「絵とか、好きなの?」と尋ねると、彼女は笑いながら、「いや、別に」 と…

尾と舌

××さん家の奥さんが夕飯の支度を始めると飼い犬が怯え出すのは、我が家だけではなかったらしい。 しかし、今さらそれを知ったところで、飼い犬の怯えた顔を見たくて夕暮れを心待ちにしている私は、もう手遅れなのだろう。

フライング

町で一番高いビルの屋上から、帰る家のない男が飛び降りた。 春の明け方の出来事だった。 サイレンの音と光が近づいてくる中、どこからかわらわらと湧き出てきた野次馬の誰一人として、男の背の上で、羽根のちぎれた蝶が泣いていることに気づく者はいなかっ…

張り合い

せっかく料理を覚えはじめたのに、恋人と別れて、作る張り合いがなくなってしまったので、色々なところから鼻を集めてきて、部屋の壁一面に貼りつけてみた。料理を作るたびに鼻が一斉にふんふんし出すのが可愛くて、自然と料理もはかどるようになった。 たま…

モダンタイムス

病院の売店に置かれているガチャポンのカプセルを開けると、血の入った小袋が出てきた。 大当たりだ。 でも、お母さんを元気にするにはまだまだ足りない。 財布の中を見てみると、今月のお小遣いは残りわずかだった。 どうしようかな。 まあいいか。 アイス…

やりがい

授業中にお腹が痛くなったので、保健室に行くと、優しい先生はすぐにベッドの用意をしてくれた。お礼を言ってベッドに潜り込み、とにかく眠ってしまおうと目を閉じた。 十分程経った頃だろうか、ようやくうとうとしかけてきた時、カーテン越しにかすかに先生…

跳ねる油

揚げ物をする母の足下に、トランプが一枚落ちていた。 何気なく拾い上げると、ジョーカーの札に描かれているはずのピエロが、衣裳だけを残して消えていた。

格子

赤い油性ペンの大きな文字で「完売」と殴り書かれた「尋ね人」の張り紙が、朝のゴミ捨て場を埋め尽くしていた。

任期満了

公園に捨ててきた飼い犬をどうしても諦めきれず、家族の制止を振り切って再び公園に行くと、犬は紙吹雪まみれでシャンパンを舐めていた。

べに

俺のへそから点々と続く血痕を辿っていくと、今朝から妙に機嫌のよい妻の唇に行き着いた。

赤い眼

ガソリンスタンドで給油中、ふいに足下から妙な音が聞こえてきた。 音のした方に目をやると、年老いたウサギが思い詰めた顔で火打ち石を打っていた。

ヒーロー

人のいなくなった昼休みの工事現場で、腕に注射器を刺した無人のショベルカーが、黙々と働き続けていた。

水しぶき

朝から雨が降っていた。この間買った新しい傘を差して出かけた。 新しい傘で歩くのは楽しい。人気のない通りに入ったので、周りに人がいないことを確かめて、傘をくるくる回してみた。少し冷えた掌の中で、プラスチックの取っ手が滑るように回転する。 突然…

春一番

蜘蛛の巣に引っかかって揺れているのかと思って近づいてみると、その蝶は軒下で首を吊っているのでした。

頭の悪い虫

一年間同じ蜘蛛の巣に引っかかり続け、そして結局食われることのなかったその蝶は、蜘蛛が死んだ今も決まった時間に我が家の軒下にやってきては、肩を落として帰っていきます。

つぎはぎ

三日前の夜、天井裏に薬を撒いて、長年棲みついていた鼠たちを皆殺しにした。 一昨日の夜、天井裏で大勢の何かが、一心不乱に念仏を唱えていた。 昨日の夜、天井から白い灰がこぼれ落ちてきた。 今日の夜、天井から紙切れが落ちてきた。 明日はない、とのこ…

妥協

結局、私は鼻だけもらうことになった。 本当は目が欲しかったけど、仕方ない。 どこに置いとこうかな、鼻。 変なにおいのするところに置いたりしたら、タカハシ君から苦情が出たりして、口を持っていった子に文句言われるかもしれない。タカハシ君、そんなこ…