超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

星と砂糖

本を閉じて目薬をさし、土曜日の月に腰かけて、生まれ育った町をぼんやりと眺めている。 かじりついたドーナツからこぼれた砂糖の粒が、星のふりをして夜空に降り注ぐ。 生きていた頃と何も変わらない退屈な町が、少しだけ色っぽく見える。 * 背の高いマン…

月とホットケーキ

台所でホットケーキミックスを混ぜていたら、ふいに雨音が途絶えた。朝から降っていた雨が夕方になってようやく止んだらしい。 リビングに行き窓を開けたら、どこからか土のにおいがした。 * たてつけの悪い窓を閉める時、土のにおいに古い思い出を呼び起こ…

にんげんの指にんげんの耳

両目をギョロギョロと動かしながら、じゃあこの問題をナカムラ、と言ってタカハシ先生は乾いた鱗に覆われた指の間からチョークを床に落とし、それを長い舌で拾おうとして、はっと我に返った。 ナカムラさんはそんな先生を意にも介さず、ツカツカと黒板に歩み…

鍋とラード

夕日を遮るたくさんの影の中から、笑い声が聞こえる。 ラジオから流れる夕暮の歌の中で、私はうつむいて立ち尽くしている。 夕日のほとりのドブ川に、すえたワインのにおいが立ち込めている。 ラードで地面に描かれた輪の中で吐き気をこらえる私を見て、チー…