超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-08-01から1ヶ月間の記事一覧

掌編集・六

(一) 夕方、職のない男が部屋で寝ている。ノックの音がする。男はしぶしぶ立ち上がる。 男はドアの外に声をかける。反応はない。男はささくれた指でドアノブを回す。扉が開く。丸太のようなものが飛んできて男の胸を貫く。 男はそのまま間抜けな顔で息絶え…

闇と川

(真夏。蒸し暑い夜。) (橋の下に老いた男が二人――髭の男と、野球帽の男。) (地面に敷かれた段ボールの上で、ともに暑さにうなされながら眠っている。) (空には月も星もない。真っ暗な闇の中に、男達の寝息と川のせせらぎだけが聞こえている。) (ふ…

昔私の幼いある日、母がパートから帰ってくるなり、あんたちょっと背筋を伸ばして、そこにまっすぐに立ちなさいと言った。母の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は母の言う通りにした。観たいテレビがあったけど。 母はじっとしてなじっとしてなと繰り返しな…

象さんの幽霊

(夏のある日。墓地。立ち並ぶ墓石が、強い日差しを浴びてきらきらと輝いている。) (妙齢の女が一つの墓石に向かって静かに手を合わせている。) (その後ろで、女の幼い息子が退屈そうに、乾いた地面に這う羽蟻を眺めている。) (ふいにずん、と地響きが…

お母さんと鳥かご

お母さんと喧嘩した。もう口もききたくないと思った。 仲直りしようとしていたお母さんに「子どもは親を選べないから最悪だ」と言い放って部屋に戻った。 前にクラスの友だちが言っていたのを聞いて、一度使ってみたいと思っていた言葉だったのだ。 夕飯の時…

月と夜空

味噌汁に月が映っていた。すすったら前歯にこつりとぶつかった。 思ったより腹の足しになったが、夜空は真っ暗になってしまった。

大家族

(朝のリビング。家族四人分の朝食が用意されたテーブル。) (一つの椅子には制服を着た少年が腰かけており、残りの三辺には細長いプラスチックの板が立てかけられている。) (それぞれの板の隅には油性マジックで小さく、“父”“母”“妹”とメモ書きされてい…

夜話(屋根)

「ぼくんちの屋根は、女のスカートだから、二階のぼくの部屋は、変に暗くて、ときどき妙なにおいがします。 「その妙なにおいを、嗅ぐと、きまってぼくは、体の中を濁った水のようなものが駆け巡る感覚に、襲われます。 「はい。 「ぼくんちの屋根は、女のス…

丘といびつな風

丘の向こうへ食べ物を取りに行った夫は、丘のてっぺんで知らない女と出会い、そのまま丘のてっぺんに家を建て、二人はそこで暮らし始めた。残された私は飢えて死んだ。 二人の建てた家は丘の空気の流れを変え、丘から降りてくる風はいびつな形になった。その…