超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-06-01から1ヶ月間の記事一覧

針と餅

月面にぽつんと置かれたベッドの上で、入院服の少女が一人ふてくされている。傍らには何重にも宇宙服を重ね着した男たちがいて、少女に太い注射を打っている。少女は帰りたいと駄々をこねるが、男たちは黙ってロケットに乗りこみ、地球へと戻っていく。その…

肌の塊

(夕暮の団地。一棟のマンションの五階の廊下を、スーツ姿の初老の「男」がとぼとぼ歩いている。) (丸まった背中。手には通勤鞄。先のほつれたネクタイ。) (男は廊下の隅の部屋の前に立ち、インターホンを押す。) (すぐにドアが薄く開き、チェーンの繋…

進行

娘が、亡くなった妻の似顔絵を描いた。 画用紙いっぱいに、ちびたクレヨンで、亡くなった妻の笑顔を描いた。 とてもよく描けているし、何より娘が自慢気なので、絵は台所の壁の、一番目立つ場所に貼ることにした。 ある日の早朝、ふと目が覚めると、隣で寝て…

ベランダとゴミ

朝目覚めると、隣に、昨日の晩、私が殺した私が、横たわっていた。 これで何人目だろうか。深くため息をつき、私は私が殺した私を布団から引きずり出す。私が殺した私は、固く、冷たく、青白い。その上、当然といえば当然だが、殺されているので自分から動こ…

氷と唇

昼休み、公園のベンチに腰かけていたら、とつぜん頭の中がうるさい。 たくさんの氷がぶつかり合ってカランカランとやかましい音を立てている。誰かが私の頭の中に氷を浮かべ、ストローかマドラーか何かそういうものでかき混ぜているらしい。ちょっと昼寝をし…

花と影

好きな人が浴衣姿で知らない男と手をつないでいた。 僕は川沿いのどぶ臭い道をとぼとぼ帰った。 湿った畳のいつもの部屋はいつもより空っぽで寒かった。 ああ。 うつむいて彼女のことを考えているとお腹の芯が痺れてきた。 くるしくなってズボンを脱いだ。 …

古傷と桃缶

真夜中まで残業していたとき、電卓のキーを叩いた拍子に、厚紙を折り曲げたときのような感触とともに、人差し指の先っぽが、折れてちぎれてしまった。 セロハンテープを何重にも巻いて、きちんと補修してはいるのだが、何だか最近、壊れやすい。 そこで、指…

やみ夜

月も星もないやみ夜の下を歩いていたら、なんだか食欲を誘う良い匂いが、空からふわふわ降りてきた。 ふと見上げると、夜空の真ん中でバターの塊が溶けている。はっと気がついたときには、じゅうじゅうと香ばしい音を立てるやみ夜に向かって、まっ逆さまに落…