超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-04-01から1ヶ月間の記事一覧

繁殖と殺菌

レトルトの青空を温めていたら、漂う春のにおいに誘われて、痩せっぽちの芋虫が、窓の外にやってきた。 芋虫は懇願するような目つきで、窓をこつこつと頭で叩いた。中に入れてほしいらしい。ちょっとかわいそうにも思ったが、窓を開けて、部屋に腐った空気が…

ふるさととえはがき(やさしいひとたち)

やけのはらになった ふるさとを しゃしんにとって えはがきにして やさしいひとたちに うったおかねで みずいろの したぎを かいました。

海と歯車

春の日の明け方に、街に面した大きな海が、しんとして凪いでいた。 海に潜って調べてみたら、海を動かす歯車にくらげが挟まり死んでいた。 くらげをペンチで引っ張り出すと、歯車はゆっくり動き出し、海のあちこちに波が萌え、魚も鳥もほっとしていた。 海か…

レモンと恋人

冷蔵庫の中の恋人が、いつの間にかレモンに鍵をかけてしまった。 これではレモンが絞れない。レモンが絞れないと、冷蔵庫の中の恋人を食べるとき、臭くて困る。 耳を澄ますと、冷蔵庫の中の恋人が、くすくす笑う声がきこえた。 あまりに悔しいので、今すぐ残…

唇と抽斗

狭い和室に箪笥が置かれていて、その抽斗を空き巣が漁っている。 一番下の抽斗を開けると、和紙に包まれた着物と、一本の男性器と、折りたたまれた女の脚が収められている。 その上の抽斗を開けると、防虫剤のにおいが鼻をつき、重ねられた冬服と、肉付きの…

水と樹

しんと澄んだコップの水面に、大きな樹が映っていた。 私は指先でこつりと、コップをつついた。 しんとした水面が、音もなく揺れた。水面に映った大きな樹も揺れ、色濃く繁った葉の間から、小さな鳥がとび出した。 するととつぜんコップの底から、鋭い銃声が…

地獄と炎

拷問ポイントが貯まったので、お前を焼く業火の色を選べます、と地獄の鬼に言われたが、周りの罪人たちから浮きたくなくて、結局プレーンを選んでしまった。 本当はレモンイエローが良かったのに。 地獄に落ちても、結局僕は何も変わらなかった。

掌編集・五

(一) 彼の胸には、開きかけた扉のタトゥーがあった。 「へんなの」と私がからかうと、「へんだろ」と彼ははにかんだ。 ある晩彼のベッドで眠っていると、遠くで扉が閉まる音がして、ふと隣を見ると、仕事で遅くなるはずの彼が寝ていた。 スーツ姿のままだ…

掌編集・四

(一) 庭で苺の詩を摘んだ。 ジャムにした。不味かった。 私の庭には、本物の苺はまだ一度も実ったことがない。うんざりしている。 (二) 金魚鉢に、小さな浮き輪と、小さな靴が浮いていた。金魚はその日かなりの量の餌を残した。 しかし金魚はしれっとし…

夜の重さとペーパーナイフ

最近、布団に入るたび、夜が重い、夜が重いと、思っていたが、今日、とうとう夜の重みで、僕は平たく延ばされてしまった。 寝返りを打つことも、助けを呼ぶこともままならない。 困ったことになった。でも僕は少し落ち着いて、朝になれば元に戻っているだろ…

めだま(ひとりとひとり)

おなかにあるおおきなめだまが、なぜだかはらはらないていた。 なだめてもしかっても、おおきなめだまは、なくのをやめなかった。おかげで、かったばかりのしゃつが、びしょびしょにぬれてしまった。 わたしにはこういうことをそうだんできるともだちがいな…

闇と卵

夫が珍しく自分でスーツをハンガーに掛けていたので、ちょっと調べてみると、スーツの内ポケットに、小さな卵が入っていた。 ああこれ帰り道に拾ったんだと、夫は言った。何の卵だろうねと、夫は言った。何の卵だと思う? と、夫は言った。 夫の分厚い掌の上…

指とカメラ

部屋で寝ていたら、部屋の隅で火が燃えていた。 火の周りには、小さな人々がいて、何やらがやがややっている。背丈より大きなカメラを抱えているのがいたり、さむらいのような恰好をしているのがいたり、どうやら映画か何かを撮っているらしい。 そのうち監…

弾けた象と甘い星

夜空から星を盗んでしまった。丸くて柔らかい星だった。姉に見せた。それは甘い星だと言われた。 姉が紅茶を淹れてくれた。星が一つ消えた夜空を見ながら、手の中の星をかじった。確かに甘い味がした。目をこらすと、星の上で寝ていた、象のような生き物が、…

三日月と旅立ち

宿題を片付けながら、ふと窓の外を見ると、夜空に三日月が浮かんでいた。 しばらく眺めていたら、三日月の先っぽに何かがひらひら、はためいていることに気づいた。目をこらすとそれは、昨日隣のクラスのC君に貸した、僕の体操着だった。 そういえば今日C君…

骨と剥製

外国で暮らす友人から、巨大な獣の剥製が届いた。 剥製には手紙が添えられていて「実はこの獣に食べられてしまいそうなので、私ごと剥製にしてもらうことにしました。かしこ。」と書かれてあった。それは確かに友人の字だった。唐突に外国で暮らしはじめた友…