超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

画鋲と夏空

部活のとちゅうで腹が痛くなり、もう何十分も学校のトイレにこもっている。隅の個室にいるので、ふと見上げた窓から一面の夏空が見えて、それで少しは気が紛れるかと思ったが、腹はどんどん痛くなる一方だった。 脂汗が額に浮かぶ。祈るような気持ちで、とい…

闇と根

くたくたに疲れたが、得るものは何もなかった会社からの帰り道、夜道を歩いていたら、とつぜん胸が苦しくなった。シャツをはだけると、胸の肉がおおきな花びらの形に盛り上がっていた。指先を見ると柔らかい芽や、幼い果実が萌えていて、喉の奥からは良い香…

雲と耳鳴り

(蒸し暑い夏の夜。) (柔らかい靴音が、灯りの消えた校舎に近づいてくる。) 今日の客は中学校の用務員だ。 (誰もいない校庭の真ん中で、少年が一心不乱にバットを振っている。) (扉の閉じられた焼却炉の前に、表面の濡れた大きなゴミ袋が置かれている…

かき氷としっぽ

お父さん、どうしたの、会社は? なぁ、あの、うち、あれなかったっけ、かき氷作るやつ。 え? あるじゃん、手回しでさ、氷ガリガリ削るやつ。 あ、あー、はいはい、あるけど、何? 貸して。 え、今? うん、ここで使ってすぐ返す。 何それ? いいから。 ああ、そ…

髭と白衣

母さんが入院した。どうしてと尋ねても、父さんもおばあちゃんも口をつぐんでいる。こっそりお見舞いに行っても、何だかんだと理由をつけて会わせてくれない。 仕方がないので隙を見て母さんがいる病棟に忍び込み、その病室を探した。やっと母さんの名前が書…

顔と食卓

(夜の食卓。父が新聞を読んでいる。中学生の娘は携帯をいじり、小学生の息子はへそを掻きながらテレビを見ている。台所の方から微かに夕飯を作る物音。静寂よりも静かな空間。)(父が時計に目をやり、新聞を閉じたとき、台所の方から母のうめき声が聞こえ…

指と舌

仕事が休みだったので、昼間から風呂に入った。ぬるい湯が体にずるずるとまとわりついてくる。 ふいに花の香りが鼻をついた。香りの方を見ると、湯船の縁を、指が歩いていた。爪の綺麗な白い、女の指だった。指は湯船の縁をぐるりと一周すると、私の方をしき…