超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-04-01から1ヶ月間の記事一覧

水槽と白い砂

色の白い女を殺してしまった。だらりと飛び出た舌に爪の跡が残っていて、そこに血が溜まっていた。 死体を見ていたくなくて、部屋を出ようとすると、部屋の隅の水槽に敷き詰められた白い砂がもこもこと膨れて、そこから今しがた殺した女が現れた。女はしばら…

蝶と口紅

近所に住んでいた幼馴染の女の子は生まれた時から難しい病気で、それは足の方から肉が少しずつ剥がれ、その一枚一枚が蝶になって飛んでいってしまうというものだった。 はじめのうちは二人とも、青白い顔の彼女の親や医者を横目に、その幻想的な光景を面白が…

モザイクと猫

学校から帰ってきた息子の顔に、モザイクがかかっていた。クラスで何かあったのかもしれない。ピンセットと消毒液で湿らせた綿棒をつかって一つ一つモザイクを剥がし、さりげなく事情を聞こうとしたが、剥がし終わらないうちからペラペラ喋るもんだから、言…

赤い心臓と擬態する蝶

木の葉に擬態する蝶の仲間が私の胸にはりついて、私の胸のふりをしている。 今朝起きたら、背中に鋭い痛みが走った。体をひねって鏡を見ると、背中に大きな傷があり、そこから蜜がしみ出ていた。蝶はきっとこの蜜に誘われてやってきたのだと思う。蜜は少し川…

姫と王子

コンビニの棚でお姫様が眠っていた。 実際どういう素性のやつかなんて知らないが、見た目はもう「お姫様」としかいいようのない女で、枕元にはごていねいにかじりかけの林檎まで転がっている。昨日までこの棚にひしめいていたポテトチップスやチョコレートは…

窓と盗まれた赤ん坊

ラジオをつけた。日付が変わる頃、口紅のCMが流れて、ニュース番組が始まるのだ。 彼は文庫本を読みながら、病院から赤ん坊が盗まれたというニュースを聞いた。聞いているうちに、どういうわけか彼は、むしょうに不安になってきた。子供どころか妻もいないの…

橋ともこもこ

夜に、古い橋の上で電話をかけていた。電話の相手は最近知り合った女の子だった。もう何時間話しているかわからない。受話器から伸びた長いコードが、へたへたと橋の上でくたびれている。 橋の下を、用水路がざざあざざあと流れていた。闇の中から立ちのぼっ…

濡れた足跡と『ラストダンスは私に』

濡れた足で歩く病院の床は、ぺたぺたんとかわいい音がした。僕の体から、水のにおいがした。部屋は蛍光灯の光で満たされていた。時々雨を含んだ風が、ガラス窓をカタカタと揺らした。 部屋の中央には白いベッドがそびえていた。柔らかい指を使ってよじのぼる…

更衣室とカンガルー

一時間目がプールだったので、更衣室に向かった。早く着きすぎて僕しかいなかった。 着替えていたら、隣の女子更衣室がざわざわしてきた。女子が来て着替えているらしい。男子はどうしたのかと思いながら水着に足を通したところで、更衣室の壁に、小さな穴が…

蛸と毛

放課後、誰もいなくなった体育館で一人、部活の後片づけをしているとき、ボールや跳び箱がしまわれている倉庫の隅に、蛸がいるのに気がついた。変な音がするなと思ったら蛸だった。天井や壁には這った跡らしいぬるぬると光る線が残っていた。 蛸のいる辺りの…