超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-03-01から1ヶ月間の記事一覧

紅葉の栞と象の小屋

毎日夕方になると、近所の通りを、白い象がのしのしと歩いてくる。象は派手な化粧をして、棒キャンディーをくわえている。首にはきれいな女の人の写真が何枚もぶら下がっている。 象を引いているのはよぼよぼのおじいさんで、象の背中に乗っているのは血色の…

耳と晩餐

橋の上で耳を拾った。小ぶりで形の良い耳だった。ポケットに余裕があったので持ち帰ることにした。 家に帰り、こんなに形の良い耳だから何に使おうか迷いつつ、手のひらに置いて眺めていると、ちょっと傾けたときに、耳の穴から何か、白っぽい糸のようなもの…

廊下の闇と指の傷

赤の絵の具が余ったので、指にいたずら描きをした。小さな切り傷から、血を一筋垂らしてみる。なかなかの出来映えだと思ったが、明るい蛍光灯の下で見るとやはりただの絵だ。 眺めていると、ふいに部屋の電気が消えた。廊下に足音が響き、ドアの外から父の声…

マドと妹

妹は窓のない部屋で生まれ、窓のない部屋で育ったので、私は壁に鉛筆で、せめてマドを描いた。 マドの外には野原があり、その先に丘があり、その先には見えないが美しい町があった。空には太陽が輝き、お菓子のような雲が浮かんでいた。 しかしある日妹は、…

卵と切り取り線

妻が産んだ卵にはあらかじめ切り取り線が入っていた。 取り上げた医者は唇をしきりに舐めていた。看護婦は目の端をぴくぴくさせていた。 私と妻はずっと黙っていた。退院の日まで、ずっと黙っていた。 退院の日は快晴だった。他のうちの卵が次々とふ化してい…

靴としっぽ

出かける時間だったので玄関に行くと、昨日の晩に並べておいたお気に入りの靴が、何かのしっぽを踏んでいた。ふさふさした毛並みのしっぽで、まだらな模様がついている。妙に触りたくなるしっぽだった。靴をどかすとぴくりと動いた。 しっぽを辿っていくとド…

蜂とバクダン

① ベランダに蜂の巣ができてしまった。すぐにでも取り除いてしまいたかったけれど、刺されるのが怖かったし、この間までいっしょに住んでいた頼りになる男は病気で死んでしまったから、どうすることもできなかった。 ② 仕方なくそのままにして家を出た。 コ…

虹色の花と屋上の月

管理しているマンションの屋上に、虹色の花が咲いた。 はじめは人差し指くらいの大きさだったが、朝見るたびに背が伸びていた。どうやら夜の間に月明かりを吸って大きくなるらしかった。珍しいので鉢に移そうかとも思ったが、勝手に大きくなるので育てがいが…

奥田さんと背中の文字

① 小学校の時に、同じクラスに奥田さんという女の子がいた。奥田さんは、暗く、引っ込み思案だった私にとって唯一の友人と呼べるクラスメイトで、活発で頭も良く、クラスの人気者だった。そんな子がどうして私と仲良くしていたのかはわからないが、私は奥田…

走る男と走った男

考え事をしながら町を歩いていると、バスとすれ違った。 天井がやたら高いバスで、水の上を滑るように、夕景の中を音もなく走っていた。 窓から見える座席には、土の塊が乗っていた。どれも元は人間だったらしいことが、あちこちからはみ出しているメガネや…