超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

お面と電柱

封筒を開けるとお面が入っていた。お面の顔は私に似ていて、というよりも私そのもので、私がこのお面をかぶってもあまり意味がないように思われた。ちょうど午後から、祖母の家に鶏肉を貰いに行く用事があったので、そのついでに電柱のでっぱりにお面を吊る…

月と煙草

いきさつはもうすっかり忘れてしまったが、少年の頃、夜中に家出をしたことがある。 行くあてもなくふらふらと街を歩き回った挙句、疲れて土手に座り込んでいると、ふと頭上に大きな月が昇っているのが見えたので、正直に告白してしまうと、そのとき私はやけ…

駅と口笛

朝の満員電車に揺られているとき、不意に胸に何か違和感を感じてそっと手を当ててみたら、ピクリとも動かなかった。心臓が止まってしまったようだ。なぜかほっとして窓の外を見ると、まだ一月だというのに馬鹿でかい入道雲が空の真ん中でふんぞり返っていた…

根と林檎

満員電車に巨大な赤い林檎が乗っている。ぎゅうぎゅう詰めになった人々の顔、吊り広告、蛍光灯、新聞、ため息なんてものがよく光る林檎の表面に映りこんでいる。混んでいる車内で無闇に大きい林檎の存在は邪魔そのものだが、疲れているときに寄りかかること…

闇と蝶

暗い廊下の先に気配を感じたのでマッチを擦ってみると、薄明かりの向こうに裸の女の背中が見えた。近づいてみるとどうも見覚えがある気がしたが、誰の背中だったか思い出せない。うなじの様子だとか、ほくろ一つない真っ白な肌だとか、もしかしたら前に見た…

雨と口笛

雨音で目が覚めた。 朝から雨か。そう思い寝転んだままカーテンの隙間から窓の外を見ると、青空が広がっている。 首をかしげもう一度耳を澄ますと、雨音は私の背中の下から聞こえてくる。どうやらベッドと床の隙間に雨が降っているようだ。 寝返りを打ち、片…

森と夕日

目が覚めると、昨日までなかったはずの窓があった。 窓の外では夕日が沈みかけていた。しかし山の向こうに消えていくはずの夕日が、今日は山の手前に繁る森の中に落ちていく。 不思議に思い窓を開けると、一番高い樹が葉をざわざわと揺らし、夕日が来たのを…

膜とベビーカー

妹に子供が出来たというので、久しぶりに実家に帰った。しかしいつもなら家族が家に揃っているはずの時間を狙って帰ったのだが、妹以外に誰もいなかった。どうしたんだと尋ねても、妹は「子供のおもちゃを買いに行っている」と、半ば上の空で答えるだけで要…

貝と居酒屋

友人の馴染みの居酒屋で呑みながら色々なことを話しているうち、誰もいなかった店内に客が集まり出した。 裏路地にある目立たない店だが、常連客は多いらしく、すぐに狭い店内は人でいっぱいになった。にわかに厨房が忙しくなり、酒のにおいと煙草の煙が、店…

掌編集・一(餌と檻)

(一) ホームレスだが、猫を飼っている。どんな時でも友達は必要だ。 ある日、この猫がねずみを三匹捕まえてきた。よく見ると、それぞれ目を閉じ、耳を塞ぎ、口をおさえている。猫は涎を垂らしながらも、心配そうな顔をしていた。 構わず天ぷらにした。どい…