超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

待ち針

 母が死んだ。母の遺品の中に、古ぼけた裁縫箱があった。蓋を開けると、ある一本の待ち針と目が合った。そっと手を伸ばしたら、待ち針は私を避けるように針刺しから飛び出して、私の手をぷすりと刺した。血が出た。ついかっとなって、待ち針の頭の丸い部分に噛みついてやった。待ち針は逃げ出して二度と裁縫箱に戻ってこなかった。待ち針に噛みついたせいで、私の奥歯はしくしく痛んだ。