超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

切符

 死んだ妻の写真を眺めていたら、写真の裏が切符になっていることに気づいた。行き先は知らない駅だった。近所の駅に行き、写真を見せると、赤ら顔の駅員が「すぐに参ります」とホームまで案内してくれた。ベンチに腰掛けていると、見たことのない、空色の電車がやってきて目の前で停まった。電車に乗り込むと、電車はすぐに動きだし、ものすごいスピードで線路を駆けていった。どのくらいの時間が経ったのだろう、すごく短かった気もするし、すごく長かった気もする、電車はいつの間にか写真の裏に印刷されていた名前の駅に停まっていた。ホームを出て改札に向かうと、改札の向こうに死んだ妻がいた。改札を出ようとすると、妻は「あんたはまだ出ちゃいけない」と言った。仕方がないので、ぼくらは改札越しに話をした。色々な話をしているうち、妻が、死んだ後に犬を飼い始めたという話題になった。「あなたに会いたくなった時は、犬を抱きしめておでこにキスをするの」妻ははにかみながら言った。それを聞いているうちに、なぜか涙が溢れてきて、視界がぼんやりと歪んできた。気がつくとぼくは自宅にいて、妻の写真を握りしめて泣いていた。しばらく泣いた後、駅に行き、あの空色の電車に案内してくれた駅員さんにお礼を言おうとしたが、「そんな駅員はいません」と言われてしまった。でも、妻の写真には、しっかり鋏の跡が残っていた。それから後、しばらくしてぼくも犬を飼い始めた。抱きしめると犬は暑がって少し嫌な顔をする。