超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

忘れ物

 電車に乗った。吊革につかまった。目の前の網棚に、ごろんとしたビニール袋が置かれていた。よく見ると、男の生首が入っていた。目が合った。しかし、生首は俺のことなど見ていなかった。どこか遠くを見ていた。電車が動き出した。生首が揺れた。スマホも本も取り出すのが面倒だったし、せっかくなので生首を見た。見ていてわかったのは、駅を一つ通り過ぎるたび、生首の目に涙が溜まっていくということだ。遠ざかっていくから泣いているのか、近づいているから泣いているのか。生首。尋ねてみたくなり、網棚の下の座席の連中に目をやるが、どいつもこいつも生気なくスマホをいじっている奴ばかりで、生首の持ち主がいるとは思えなかった。とすると、忘れ物か。生首。気づいた瞬間、ちょうど電車が駅でとまった。生首と目が合った。今度ははっきり俺を見ていた。仕方ない。生首を持って駅員の詰め所へ向かった。ものすごい人混みの中、手元の生首が俺に向かって何かつぶやいたが、一つも聞き取れなかった。どうせ大したことじゃない。たぶん「ありがとう」とかだろう。生首のくせに。