超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ベンチ

 病院の中庭にある一脚のベンチ。朝の日を浴びてぴかぴか光っている。あたたかそうだが、誰も座っていない。そこへ病院の老先生がやってきて、ベンチの前にひざまずき、聴診器を取り出すと、ベンチの上の虚空に向かって、それをあてがう。時折うんうんとうなずきながら、老先生は虚空の何かを聴き続けている。病室から一部始終を見ていた私が思わず首をかしげると、いつの間にか背後に立っていた看護婦さんが、「せんせは今日悲しい夢を見たんですよ」と優しい声で教えてくれる。ベンチの手すりに雀がとまって、さっきの私みたいに首をかしげている。窓の端に見える蜘蛛の巣に、死んだ蛾が張り付いている。