超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ここどこ

 ここどこここどこねえここどこ。誰だそんなことを言っているやつは。一人暮らしの俺の部屋のどこかでそんなことを言っているやつは誰だ。ここどこここどこねえここどこなのよ。俺はじっと耳を澄ます。声の出所がだんだんわかってくる。ここどこここどこねえ誰か。台所のコンロの上、鍋の中で煮えたぎる熱湯、その中で踊るいくつかのゆで卵、そのうちのどれかがこの声の出所らしい。ここどこ……ねえ……ここどこ……。声がだんだん小さくなっていく。ゆで時間を計っていたタイマーがふいにピピピと鳴る。ここ……どこ……。ついに声が途絶えた。俺はコンロの火を消す。どの卵もおいしそうにゆであがっている。塩を用意し、俺は殻を一つ一つ剥いていく。とその中に一つ、殻の内側に小さな手形がたくさん残されている卵を見つける。ここどこここどことうるさかったのはこいつか。見た目は他の卵と変わらない。おそるおそるかじりつく。が、味も他の卵と変わらないおいしいゆで卵だった。何なんだ、警戒して損したよ。卵を全て食べ終え、鍋を洗う。ここどこここどこねえここどこ。再び声が聞こえはじめる。今度はもう耳を澄ます必要はない。声の出所は俺の腹の中だった。