超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

夕焼けの歌

 あれは小学生の頃、夕日を見ながらの帰り道、その日の夕日はとてもきれいだったけれどなぜかなかなか沈まなくて、空の下の方にじっととどまっているままだった。ぼくは首をかしげつつ空き缶を蹴っていた。すると川辺の道に何か落ちているのを見つけた。それは一本の鍵だった。夕焼け色のビニールテープが巻かれた鍵だった。夕焼け色。ぼくは沈まない夕日とこの鍵とはもしかしたら何か関係があるのかもしれない、と思いながら鍵を交番に届けた。交番のおまわりさんはぼくをとてもほめてくれた。それからおまわりさんはどこかへ電話をかけた。「この鍵を落とした人がもうすぐ来るから、ここで待っていればお礼がもらえるかもしれないよ」おまわりさんはそう言ってニヤリと笑った。五分もたたないうちに作業服姿のおじさんが交番にかけこんできた。おじさんは鍵をうけとると、ぼくをとてもほめてくれた。大人のひとに二度もほめられてぼくは有頂天だった。おじさんは「お礼がしたいからちょっと待っててね」と言い残し再び交番を出ていった。ぼくはおまわりさんと顔を見合わせてニヤリと笑った。おじさんが出ていってからすぐ、遠くでカチャリと聞こえて、それから空が暗くなりはじめた。交番の窓から夕日がゆっくり沈んでいくのが見えた。「やっぱりあの鍵と夕日は関係があったんだ」とぼくは思った。おじさんが交番に戻ってきて、「お礼だよ」と言いながら袋いっぱいのお菓子を手渡してくれて、それから「おまけに」と聞いたことのない夕焼けの歌を教えてくれた。ぼくとおじさんとおまわりさんは手をふって別れた。ぼくはすぐに家に帰らず、土手に座って沈む夕日を眺めながらお菓子を食べて夕焼けの歌を歌った。あの時のお菓子の味はすっかり忘れてしまったけど、夕焼けの歌は今でもよく覚えていて、一人で夕日を眺めている時なんかに、つい口ずさんでしまう。