超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

標識

 近所の路地の行き止まりに、標識が一本立っている。青い丸の中央に、人差し指が一本生えている、という標識だ。男のものか女のものかもわからないこの人差し指、普段はやる気なくぶらぶらしているが、たまにまっすぐ空を指さしていることがあって、そういう時には決まって、おもしろい形の雲が浮かんでいたり、きれいな鳥が飛んでいたりする。ただそれだけの標識だ。他に何の仕事もしない標識だ。いつ誰が何のために立てたかもわからない標識だ。が、近所の人たちは「指の」と呼んでけっこう可愛がっている。雨の日にはビニール袋をかぶせてやるし、雪が降る日には人差し指だけの手袋をはめてやる。たまに子どもが親に肩車をされて、指を引っかけて遊んでいる。指さされたきれいな鳥がとまって歌を歌っている時もある。近所の路地の行き止まりに、そんな標識が一本立っていて、俺はその標識のことも、それを可愛がっている近所の人たちのことも割と気に入っている。