超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

かべ

 ああ、この口紅は、へへ、いや、おれがつかうわけじゃねえよ、女房につかうんだよ、ぬってやるんだ、おれが、女房のくちびるに、女房、いたよ、かべにうめたんだけどね、むかしのはなしだよ、ほら、そこのしみ、よくみるとひとのかおにみえるだろ、それ、女房、いまはおとなしいけど、たまにね、もっとくっきりでてくるときがあるんだ、かべのなかから、そうだね、いえのまえを、おしゃれなかっこうのおんながとおったときなんかは、わかりやすいね、でてくるんだよ、だからそういうときにすかさず、ぬってやるんだ、口紅を、おめえのほうがきれぇだっつって、そうしないとね、よる、ゆめんなかに女房がでてきてね、あんたなんかきらいだよ、っておこるんだよ、それがさみしくてね、ぬってやるんだ、口紅、おかしなもんだね、おれもきらいだったから、かべにうめたのにね。