超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ごめんよ芋虫

 公園に散歩に行き、草の上に寝ころんでしばらく空を眺めていたら、突然何だか心許ない気分になってきたので、まさかと思ってシャツを脱いで確かめてみると、俺の名前の一文字が、芋虫にかじられてなくなっていた、もっとも、名前があってもなくても構わないような人生をずっと続けているから、一文字なくなったところで別に支障はないのだが、それでも何十年間か連れ添った名前の一部がなくなるのは、大事な部分の毛を剃った時みたいな妙な感じがした、しかし、芋虫はどこに行ったのだろう、薄い皮で包まれた腹の中に俺の名前が透けて見えているはずだ、そう思って辺りを見回したが、芋虫は見当たらなかった、帰り道、俺の名前をかじった芋虫がやがて蝶になった時、他の蝶と模様が違っていたりして、それでそいつがいじめられたりしたらそれはそれで申し訳ないなあ、などと考えていたが、家に帰って念のために靴の裏を確かめたら、案の定俺が踏んでいた、芋虫の体液にまみれた名前を靴の裏から剥がし、元に戻す、結局、一瞬の改名だった、前よりもよれよれになって情けなくなった名前が、俺の卑屈な顔によく似合っていた、ごめんよ芋虫、とってつけたようだが、本当にそう思ったんだ。