超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

 路地裏で、
「秋」
 とだけ書かれた自販機を見つけた。

 ので
 興味本位で千円札を滑り込ませ
 一つしかないボタンを押した
 ら
 その瞬間
 周りの景色がぐにゃぐにゃに揺れ
 はっと気が付くと目の前に
 それは見事な銀杏並木が
 ずっとずっと向こうまで続いていて
 そのずっとずっと向こうのちょっと手前に人影が見える
 ので
 よく目をこらすと
 あの髪
 あのコート
 あの立ち姿
 それは
 ずっとずっと昔に別れた女の子の後ろ姿だった
 ので
 思わず彼女の名前を叫んだ
 のだが
 彼女はこちらをちらりと振り向くこともなく
 腕時計に目を落とすと
 マフラーをきゅっとしめなおして
 そのまま立ち去ってしまった
 ので
 ああ
 あれはきっと俺の知らない人と待ち合わせてるんだ
 彼女はもう俺のことなど
 と思った
 その瞬間
 周りの景色がぐにゃぐにゃに揺れ
 はっと気が付くと目の前には

「秋」
 とだけ書かれた自販機があった。

 胸がどきどきしていた。肩で息をしていた。寂しくて情けない気分だった。深いため息をつきつつ呼吸を整えていたら、足元の方からコトン、と音がした。視線を落とすと、そこには、お釣りのつもりなのか?釣り銭口の中にドングリが数個転がっていて、カラスがそれを見つめながら俺の足の周りをうろうろ歩き回っていた。