超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

もっと上

 背中掻いて。ベッドでうつ伏せに寝ていた妻が言った。読んでいた本を閉じ、妻の背中に指を這わせる。もっと上。もっと上。そうじゃなくて、上、もっと、上!妻に言われるがままに手を動かしていると、いつの間にか夜空に手が届いていた。赤く小さな星が目の前に輝いていたので、これ?とその赤い星を指先で軽く掻くと、そこそこそこ、と妻の気持ちよさそうな声が遙か遠くから聞こえてきた。何に刺されたんだこいつ。呆れる俺の顔のすぐ横を、飛行機が静かに通り過ぎていく。しばらく掻いていると、赤い星は夜空からぽろりと剥がれ、流れ星となって海の方へ落ちていった。それを目で追っているうちに、気がつくと元の寝室に戻っていて、目の前で妻がすやすや寝息をたてていた。ひょっとしたらこいつが今見ている夢に巻き込まれたのかもしれないと思った。それならそれで別に構わないが、寝る前に遠出させられたせいですっかり疲れてしまい、本の続きを読む前に眠くなってしまったのが少し残念だった。