超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

象の話をいくつか

【林檎】

 大きくあくびをした嫁の喉の奥から、象の鼻がにょろりと飛び出た。嫁は慌てて口をおさえていたが、もう遅い。見てしまった。いつからなんだろう。まさか、この林檎農家に嫁いできた時にはもう既に?

【少女】

 うそだあ。ほんとだよ。うそだあ!ほんとなんだってば。夕日に照らされながら下校する二人の少女の二つの影。むきになって反論していた方の影が、角を曲がった瞬間、象の形に変わっていく。

【老婆】

 火葬場の煙突から立ち上る煙を眺めながら、かつて少女だった老婆は、亡くなった親友のことを思い出している。うそだあ。ほんとだよ。うそだあ!ほんとなんだってば。火葬の時間が終わり、台車が取り出されると、そこには、熱く焼けた象の骨が整然と並んでいる。

【クジ】

 おにぎりもう一個買えば、クジひけたな。明日の昼飯の時は注意していよう。一等の象、まだ出てないみたいだし。

【ぴかぴか】

 コインランドリーの大型乾燥機がすべて、象の鼻と耳で埋まっていた。明日は日曜だ。ぴかぴかの象を見に行こう。

【ポイント】

 財布の中身を整理していたら、「象」とだけ書かれたポイントカードが出てきた。まったく記憶にないが、二十個の欄のうち十八個にスタンプが捺されている。何度見てもやっぱりまったく記憶にないが、もう少し頑張ってみればよかったと思う。

【栓】

「すいません、あんまり幸せではありませんでした」象は飼育係にそう呟いた。飼育係は何も言わず、象の腹にある空気穴の栓を抜き、ゆっくり夜空を仰いだ。足下で萎んでいく象の上に、月が煌々と輝いていた。