超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

爪と指と腕

「爪」

 アパートの隣室から、かれこれ三時間近く、爪を切る音が聞こえ続けている。

「指」

 洗濯機から取り出した夫の古い作業着のポケットから、ぎゅっと小さく丸まった紙の塊が出てきた。広げてみるとそれは夫が書いた私の設計図だった。
 指の動きの滑らかさに、こだわっていたらしい。
 余白にメモされていたキャッチコピーらしきものは、滲んで読めなかった。

「腕」

 引っ込み思案だった娘が、最近急に明るくなった。夏休みの間に仲良くなった子がいるらしく、毎日その子の家に遊びに行っている。
 今日も学校から帰ってくるなり自分の部屋に飛び込み、ごそごそとお出かけの準備を始め、声をかける間もなく「いってきます!」といつも以上に元気よく飛び出していった。苦笑いしながらマンションのベランダに出て見送っていると、娘の手に、新聞紙でくるんだ細長い塊が抱えられていることに気づいた。
 何だろう、あれ。
 妙な胸騒ぎを覚え、娘の部屋の扉を開けると、両腕を切り落とされたぬいぐるみたちが床一面に転がっていた。