超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

苺と苺

 夜中の台所からひそひそ声が聞こえてきたので、何事かと思い見に行くと、テーブルの上に置きっぱなしで冷蔵庫にしまい忘れていたパックの中の苺たちが、明日の朝のためにやはりテーブルの上に置いておいた苺ジャムの瓶に向かって、何かひそひそ話をしている声だった。家族の誰かが起きているのかと思っていたが、事態はもう少し複雑なようだった。
 とりあえず苺ジャムの瓶を苺たちから見えない場所に隠した方がいいと思いそうすると、ひそひそ声は一層高まってしまった。どうやら余計なことをしてしまったようだ。不安そうな苺たちに何を言うべきかなすべきか考えて迷っていると、トイレに起きたらしい父が背後からぬっと現れて、長身を折るようにしてパックを覗きこんだ。「ううん」と父は難しそうな声でしばらく唸っていたが、ふいに何か思い切ったようにパックのセロファンを剥がし、その中の一粒をひょいと口に入れた。その瞬間、ひそひそ声はぴたりと止んだ。父は苺をゆっくり噛んでゆっくり飲み込むと、そのまま何も言わずに寝室に戻っていった。
 すっかり静かになったパックの苺を冷蔵庫に入れる時、なぜだか知らないが、小学校の保健室で寝ている子どもの映像が頭に浮かんだ。

 翌朝、パックの苺を洗って、朝食に出した。
「苺と苺でかぶってるよ」という話で父以外の家族が少し賑やかだった。