超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

もぐら

 明け方、新聞配達のために通りかかった飲み屋街の裏路地に、何か小さくてコロコロしたものがいくつも落ちているのを見つけた。
 近づいてよく見るとそれは、すぐ近くにあるゲームセンターの、もぐら叩きのもぐらたちだった。アスファルトに体を投げ出すようにして、だらしなく酔いつぶれている。
 ほどなくして飲み屋の主人が出てきて、もぐらたちに一言二言声をかけると、もぐらたちはめいめい心底めんどくさそうに立ち上がり、ゲームセンターの方へ消えていった。

 昼前、新聞店のバイトを終えると、俺の足は自然とゲームセンターに向かっていた。
 もぐら叩きは、最新ゲームの煌びやかな光と音に締め出されているかのように、店の隅っこでひっそり稼働していた。
 筐体の前に立ち100円を入れると、申し訳程度のBGMとともに、精一杯の作り笑顔をしたもぐらたちがぴょこぴょこ顔を出した。
 しかし、ハンマーを握り、もぐらたちへそれを構えた瞬間、色々な感情が湧いてきてしまって、腕が動かなかった。

 ……あれ?何のために俺はここに来たんだろう?
 一体、何を確かめたくて、俺はここに……?
 もぐらたちの、どんな姿が見たかったんだ、俺は……?
 あんなに酔いつぶれていたもぐらが、それでもがんばる姿か……?
 それとも、あんな無様な姿を晒していたもぐらが、やっぱり無様に叩かれているところ……?
 それとも、筐体に貼られた「故障中」の張り紙……?
 あれ……?
 俺、このハンマーで、何がしたいんだ……? 

 ぎこちなく動き続けるもぐらの前で1ミリも動かない俺、という不毛な時間が1分か2分流れ、スコアに「0ポイント」の文字が表示された。
 俺が静かにハンマーを戻し、筐体に背を向けると、背後から嫌なげっぷの音が聞こえてきた。

 ……まぁ、あんな酔い方をしていたんじゃ、今頃二日酔いだろうし、頭を叩かれるのもキツイだろう。
 これでよかったんだ。

 そう無理矢理自分を納得させて自転車に跨ったが、こんなに寂しい気持ちでゲームセンターを後にするのは、初めてだった。