超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

明滅

 夏祭りの喧噪もすっかり静まりかえった深夜の交差点で、明滅する赤信号の周りを、一匹の赤い金魚が飛び回っていた。
 今日の祭りで売れ残ったやつらしい。赤信号を仲間だと思っているのか、それともよほど珍しいのか、きょとんとした顔のまま鼻先でつついたり、尾びれでさらさら撫でたりしている。
「おぅい」
 暗闇から声が響いた。しゃがれた爺さんの声だった。
 気づいた金魚が声の方を向くと、中年の男がくわえ煙草で金魚に手招きをしていた。金魚屋の親爺だった。
 金魚は親爺の方へ戻りかけて、ふと背後を振り返り、再び赤信号をじっと見つめた。そのつぶらな瞳いっぱいに「?」が溢れていた。
「そいつは一緒にゃ来れねえからよぅ」
 じれじれした様子で、親爺が言った。金魚はようやく親爺の元へ戻った。彼らはすぐに夜の闇の中に紛れ、やがて見えなくなった。赤信号は何事もなかったかのように、ただ延々と明滅を繰り返していた。