妻が死んだ時に、
医者がやってくるまでの間、妻の顔を覗き込んだら、
妻の瞳にテレビが映っていました。
妻がテレビを受信する人だったなんて、その時、初めて知りました。
料理番組が流れていました。
アスパラを茹でていました。
その時、私は、
明るいスタジオで、若くて綺麗な先生が、アスパラを茹でていることが、
死んだ妻にふさわしくない気がして、
チャンネルを変えようと、妻の体をあちこち触ってみましたが、
ただ冷たくて硬い肉の感触を何度も味わうだけで、
ちっともチャンネルは変わらず、
そうこうしているうちに、アスパラは茹で上がってしまい、
その時、私は、
妻が冷たいのに、アスパラが湯気を立てていることに、
とても苛立ちを感じました。
アスパラは何も悪くないのに。
医者がやってきたので、
アスパラにイライラしたことありますか、と訊いたら、
へはっ?
と笑われました。
いえ、何でもないです。
そうですか。
妻のまぶたはすぐに閉じられ、
綺麗な先生もアスパラも消えました。
まぶたの下では、番組が流れ続けていたのかもしれませんが、
それはよくわかりません。
*
いまだにアスパラを見るとイライラしてしまいます。
無性に、
誰でもいいから、生きている人に、触りたくなります。
でも、アスパラは何も悪くないのです。