超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

アスパラは悪くない

 妻が死んだ時に、
 医者がやってくるまでの間、妻の顔を覗き込んだら、
 妻の瞳にテレビが映っていました。

 妻がテレビを受信する人だったなんて、その時、初めて知りました。

 料理番組が流れていました。
 アスパラを茹でていました。

 その時、私は、
 明るいスタジオで、若くて綺麗な先生が、アスパラを茹でていることが、
 死んだ妻にふさわしくない気がして、
 チャンネルを変えようと、妻の体をあちこち触ってみましたが、
 ただ冷たくて硬い肉の感触を何度も味わうだけで、
 ちっともチャンネルは変わらず、
 そうこうしているうちに、アスパラは茹で上がってしまい、
 その時、私は、
 妻が冷たいのに、アスパラが湯気を立てていることに、
 とても苛立ちを感じました。

 アスパラは何も悪くないのに。

 医者がやってきたので、
 アスパラにイライラしたことありますか、と訊いたら、
 へはっ?
 と笑われました。

 いえ、何でもないです。
 そうですか。

 妻のまぶたはすぐに閉じられ、
 綺麗な先生もアスパラも消えました。
 まぶたの下では、番組が流れ続けていたのかもしれませんが、
 それはよくわかりません。

 いまだにアスパラを見るとイライラしてしまいます。
 無性に、
 誰でもいいから、生きている人に、触りたくなります。

 でも、アスパラは何も悪くないのです。