超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

葉擦れ

 時計を見ると午前二時をとっくに回っていた。ベッドに入ったもののなかなか寝付けない。家の傍の公園から聞こえてくる木々の葉擦れの音が、妙に耳に障る。いつもなら気にならないはずなのに、なぜか今日は、葉っぱが風に揺られるその音が、まるで何か悲しい噂を囁き合っている人の声のように聞こえるのだ。心がざわざわしてまぶたが自然に開いてしまう。
 ベッドから起きて部屋のカーテンを開けると、外灯の心許ない光の中に、ぼんやりと公園のシルエットが見えた。一見したところ変わったところはない。ただ風もないようなのに、葉擦れの音だけが確かに聞こえてくるのが少し不気味であった。
 ともかく早いところ寝てしまおうとカーテンを閉じかけたその時、葉擦れの音がふいに止み、公園に人影が現れた。若い女だった。こんな時間に公園に一人、何の用事だろう。そっと眺めていると、女は辺りを見回し、それから一本の細い樹の前に立った。そして突然服を脱ぎ、妙に大きな乳房を露わにし、それを目の前の樹にぴったりと押しつけて、低い声でぶつぶつと独り言を言い始めた。私は驚いて小さく声を上げた。風もないのにざあっと葉が揺れる音がした。
 不審者だ。警察に連絡した方がよいのだろうか。私は部屋の隅に放っておいた携帯電話を取りに行った。するといきなり背後から、人が走り去る足音が聞こえてきた。慌ててもう一度窓から公園を覗くと、女はもういなくなっており、代わりにパトロール中らしき警官二人組が、公園を不審そうに見回していた。私は家を出て、警官に声をかけた。今そこに上半身裸の変な女がいたんです。何をしていましたか。警官にそう問われ、私はさっきまで女が乳房を押しつけていた樹の前まで行った。これです、この樹の前で、いきなり服を脱いで、その、胸をここに……。そう言った時、懐中電灯を持っていた警官があっと声を上げた。
 光の照らす方を振り返ると、樹の幹の、ちょうど女の乳房があった辺りにうろが開いていて、その中に、子どもの物と思われる幼い歯がぽつぽつと生えていた。泣くような葉擦れの音が、辺りに響きわたった。